自作自演の神秘現象(仮想原理)

 波動の観点から見た神秘現象の解釈を説明します。

・文字波動の不思議

 本サイトでは文字波動を紹介していますが、このテクニックが生まれるきっかけは文字が持っている波動を発見したことでした。考えて見れば不思議でした。それについてまとめています。
 →文字波動のエネルギー源

・神仏は人間が作ったものだった?

 私が昔から主張していることですが、宗教者やオカルト関係者にも一向に相手にされない理論があります。それは「神仏は人間が作った存在だ」というものです。
 私は子供の頃、某宗教に強制的に入信させられていました。その時、熱心な親戚からその宗教の教え は絶対であると叩き込まれました。親戚の人の話によるとその宗教団体で起こる様々な現象は教えの通りであるというのです。

 しかし、子供の頃の私でさえ、その教えは受け入れ難いものでした。「そんな勝手な教えが真理であるはずはない」と思っていました。しかし、祭壇に向かって祈ると確かにパワーがあるのです。そして私に教えどおりの現象が起きたのも覚えています

 大人になって私は自分の意志で別の宗教に入信したことがあります。そこの宗教は子供の頃やっていた宗教とは 全く異なる教えでしたが、やはりそこでも信者達は教え通りの現象が起きたという体験を語りあっていました。 そして私にも教え通りの現象が起きました。

 その頃、波動感覚が鋭くなっていた私はその宗教からも強烈なパワーを 感じていました。そのパワーは信者達が信じている通りのエネルギーでした。もしかしたら神仏の波動は信者の信念 が生み出しているのではないか?と思いはじめました

 そこで私はまた別な宗教団体にも首を突っ込んでみました。するとやはりそこにもパワーがあり、しかもそこの祭壇に鎮座 している神はまたまた、そこの信者達の想いを具現化したような存在でした。そればかりか、またまた信者達の信じる通りの現象を起こす神だったのです。そこで結論を出しました。神仏やパワー、御利益などは信者達の心が共同で作り出した物に過ぎないと。

・神仏や悪魔は思考力がないの?

 様々な宗教や精神世界などで神や天使の力が議論されていますが、いつも疑問に思うことは「神仏は思考力がないの?」ということです。

 いつも神仏は我々人間が思う通りの働きをするようです。例えばある呪文を唱えたら神仏が病気を治してくれたり、悩み事を解決してくれたり、タブーを犯したら罰を与えたり・・
 神仏はいつも見守ってくれているはずなのに、何かをしてもらう時にはきまった手続きが必要なようです。逆に手続きをきちんと行えば、我々が指示したらその通りに働いてくれるようです。まるで我々の指示に従う奴隷のようです。

 神仏や天使にはそれぞれ個性があり、得意分野も異なっていて、我々は自分の都合によってそれらの存在を選別して使い分けることができるみたいに見えます。更に、神仏が出現する場所や時期まで予測できたりします。時には占いの暦通りに働いていたりします。その上、神仏の性格や行動パターン、得意分野は数百年、数千年前に書かれた経典の記載と変わっていなかったります。

 これでは我々が神仏を都合よく使っていることになります。まるで人間が家畜を手慣らしているようです。神仏には思考することも進歩や変化することもできないのでしょうか? 神仏とはそんな機械的な存在なのでしょうか?

 いやいや、神仏は天の計画に従っているのだ。人間の方がその計画に帰依しているのだと反論するかもしれません。
でも私には宗教信者の多くは、ある教えを信じて、ある行動をしさえすれば御利益をくれるという期待によってマニュアル通りに信仰をしているように見えたりします。それはそれで良いのですが、神仏の加護が受験の”傾向と対策”みたいなことで得られるとはおかしなことです。

 ヒーリングや呪術の場合はもっとはっきりしています。ある会員になってある決まった形式の儀式をして呪文などを唱えれば必ずおきまりのサービスをしてくれることになっています。まるで会員だけにサービスを提供するサービス業の業者みたいです。

 本当に神仏がこんなワンパターンの行動しかできない奴隷なのでしょうか?
これこそ、「神仏は人間が作った」と私が主張する所以です。
人間が都合よく作ったエネルギー体だから我々の都合に合った御利益をもたらすのではないでしょうか?

 悪魔についても同様です。有名な悪魔として聖書の予言に出てくる獣があげられます。そういう存在が本当にいるとは思えませんが考え方の一例として説明します。
 悪魔は予言された通りに出現して、はっきり悪魔の印666を身につけているそうです。思考力のある存在なら、既に誰もが知ってるような昔のシナリオ通りに表れたり、「私は悪魔です」という印を付けて出現するなど間抜けなことをするでしょうか?
 そもそも、予言では最後には獣は敗れることが決まっているのに何故、わざわざその通りに出現してくるのでしょうか?・・・まるで考える力がないみたいです。

 結論はこうです。神仏にしても悪の存在にしても、もし我々が予測できる通りに働く存在なら、それは結局人間が作ったものであるからです。
我々が作ったプログラムに従って動くエネルギーのロポットと言えるでしょう。

・でも・・

 こう言うと神仏を全て否定しているように聞こえるかもしれません。そうではありません。思考力を持った神仏も存在していると確信しています。

 本当の神仏は、人間がその思考や行動を全て予測できるはずはなく、コントロールなどできるはずもありません。人間よりも高い見識を持ち、自らの意志で行動をしている存在であるはずです。

 こういう本当の神仏と宗教やヒーリングで用いている「人間が作った神仏(エネルギー)」は混在しています。本当の神仏はロボットの背後に居ることも多いですが、人間の作った神殿や儀礼や呪文、教えの遵守に必ずしも縛られてはいない存在です。我々の考えることや下心など全てお見通しです。見通した上で様々な働きをしている我々人間よりも上の存在です。

 我々よりも高い見識を持って行動している存在なので、その考えや目的は我々が理解できることではないでしょう。ましてや行動を予測して利用することなどできるはずもありません。

 ここでは波動の原理を説明しているので、「人間が作った神仏(エネルギー)」のみに焦点を当てて説明しています。
 実を言いますと、「神仏=思考の産物」説に対する反論はたくさん頂いています。人のみならず神仏や霊的な存在の方々からもお叱りを受けています(^_^;)

 あくまで、一つの波動研究の仮説として参考にしてください。全ての神仏は思考の産物に過ぎないと結論を出すほど単純ではないことは私も重々承知していますが、私が波動感覚で実感した多くの現象に対する考察も確かだと思ってます。

 私が言いたいことは、後述するように多くの神秘現象が人間の意識に関わっていること、「本物や偽物」といった宗教的議論は文化的にしか意味がないということです。
 私は、決して神仏を冒涜するつもりはなく、信仰を否定しているわけでもありません。神仏の世界は私にとっては未知の領域でもあります。波動という観点から見ると以上の説明のように見える面があるということを述べているに過ぎないことをご理解ください。

・集団が生み出すパワー

 最近は、カルトの問題がクローズアップされ、様々なマインドコントロールの手法が暴かれています。 それでも尚ひっかかる人達が居るのは彼らが「奇跡を体験した」「エネルギーを感じる」ことによって信仰が本物だと 確信しているからという場合が多いようです。「奇跡」の場合は統計上のトリックや日常起きる物事を教義に結びつける 思考法によるトリックである場合が多く、これに気付くことは可能ですが、波動を感じる「体験」をしてしまうと どんな理屈や事実を聞かされても確信は揺らぐことがないようです。
 人々は物事を白黒で判断したがります。TVドラマが善と悪ではっきりしているからそう思うのかもしれません。
一つでも本当の現象があると「白=本物」と判断してしまうようです。しかし、現実は白黒はっきりはしていません。
詐欺、マルチ、カルトの多くは白でも黒でもなく灰色です。価値のある本物3割に7割の嘘を加えて人を騙していると言えるかもしれません。
  「エネルギーも奇跡も実は誰にでも出せる」「どこも一緒」ということに気付いて欲しいです。

 カルトとまでは行かなくとも精神世界やヒーリング系の団体にはエネルギーを自作自演で交流し合っているものが見受けられます。 エネルギーは高次元から代表者を通して会員に供給されていることになっていますが、実際は会員各自がエネルギーを代表者に送り、それがまた会員に循環するみたいな形になっているように感じることもあります。

 代表者はメッセージやエネルギーを受け取り、それを会員に配信、伝播しますが、そのメッセージやエネルギーは会員達が自作自演したものですから、会員達のエゴや願望に染まっています。そうやって自作自演の世界を築き上げ、代表者も会員達も独自のカラーへと染まって行きます。
 「朱で交われば赤くなる」の通りエネルギーや潜在意識が一体化してその世界特有の考え方、性質に染まってしまいます。

 また、自分達が本物である証拠として奇跡や印が起きて賛美し合ったりしますが、集団で望むとどこでもそういうことが起きるようです。そういう団体で起こる現象はドラマの演出のような現象が多いです。例えば原因不明の病気にかかり、最悪の状況になったときに奇跡的に治って神の力を確信するなど・・病気を治す力があるなら初めから病気にならないように守護してくれればよいのにわざわざドラマチックな現象を演出しているのです。
これこそ自分達の潜在意識の願望が起こした自作自演なのではないでしょうか? 

・本物、偽物の議論は意味がない

 私は人の信仰や生き方に口を挟むつもりはありません。信仰が全て危険であるとも言いません。むしろ大多数の信仰のエネルギーは社会にとってプラスになっていると思います。例えばクリスマスイブの日は地球全体の波動が改善します。私にはわかります。宗教そのものは波動的な観点からも大事にすべきものだと思っています。

 私が言いたいことは次のことです。
 宗教や霊的な分野で本物やニセモノを議論することなど意味はありません。教祖が本物だろうが詐欺師であろうが教えが正統であろうが、創作であろうがどうでもよいのです。現在どれだけの人達がどれだけのエネルギーを注いで信仰しているかどうかによってエネルギーや霊験は決まります。
文化遺産の価値を議論するなら本物かどうかは重要ですが、霊的な力を論じるなら本物も偽物も関係ありません。奇跡や不思議な現象があったとしても本物だから起こるのではありません。信じてる人が居るから起こるだけです。

 宗教や精神世界というのはこういうものだと思います。ほとんど人間が作った文化みたいなものだと思います。我々は絶対の真理を求めるものですが、所詮、人間の脳の思考や論理で絶対の真理や法則の全てを理解するなど無理に近いことです。様々な仮説としてその時々に適応した教えが生まれてきたに過ぎません。「どれも真実ではない」と言えます。
 しかし、どんな教えでもマーフィーの法則みたいに「信じたいことが真実になる」「認識や解釈の通りになる」という現象が起きているのです。つまり「どれもが真実である」とも言えるのです。

 神仏や天使にしても新しいヒーリング手法にしても、啓示にしても常に姿を変えて登場するようなものだと思います。本物でも偽物でもありません。整合性もない気まぐれな流行歌のようなものでしょう。
 流行歌を大事にすることは価値のあることですが、流行歌を本物だと執着したり、優劣を論じたり、他人に押し付けたりすると争いの種になるのです。
 「どれも真実ではなく、どれもが真実であるとも言える」ような世界を論争すること事体意味があるとは思えません。それぞれの人が好きな流行歌を選んで楽しみ、互いの好みを認め合えばいいだけのことです。

 真理や本物を主張しあう争いはフランス料理と中華料理のどちらが本物の料理か?を議論するようなものです。フランス料理が好きな人にとってはフランス料理が本物だとしか思いませんし、中華料理が好きな人は中華料理が本物だとしか思いません。争いは深まるだけでしょう。どちらにも旨味(奇跡やエネルギー)があるのに片方にしか旨味がないと主張し合うようなものです。

・占いが当る理由

 占いがブームになっています。占いは当るも八卦、当らぬも八卦と言われるように当てにならないものですが、 占いに興味のある人にとっては全く迷信とも言えないものです。確かにある程度は当っているように感じます  でも、占いにはいろんな種類があります。西洋占星術、四柱推命、気学・・・その他もろもろ。 世界中に様々な流儀があります。生年月日で占う方法だけに絞っても様々なものがあります。 当然、内容は異なります。どれが真実でどれが偽物なのでしょうか?

 更にはっきりと矛盾する占いがあります。「姓名判断占い」です。名前の画数で占うのですが、数字の意味は 数霊術などとは異なります。同じ数字でも意味や吉凶が異なるのです。これは国によっても異なります。
例えば数字の9は日本では不吉ですが、タイや中国では縁起の良い数字です。また姓名判断では3、13、23は同じ3系列の意味に なりますが、数霊術では13は1+3=4 で4系列となります。国や文化によって全く異なると言えます。
 どうせ迷信なんだからと言えばそれまでですが、私も凝って調べてみたことがあり、全く嘘とも言えない気がします。 何かしらの力があることは確かです。ではこの矛盾はどう説明すればよいでしょうか?

 私の結論はこうです。占いもまた、自作自演の神秘現象ではないか?ということです。 占いの原理が正しいのではなく、占いを信じている人が居るから、その地域ではその通りになるということです。
 例えば、東洋では運勢は陰陽五行説によって60年周期で気が変化していると信じられています。
しかし、私には政治的・人為的に作られた暦にしか見えません。易の八卦、干支、五行など中国の各地で重視されていた暦を 統合して60年周期にまとめたように見えます。政治的な目的で文化の統合を図ったものだと思います。
文化的に作られた暦の通りに自然現象がぴったり一致して動いてるなんてことがあるでしょうか?
しかもそれがズレもなく何千年も続いているわけなのです。
この太陽系でピッタリ寸分の狂いもなく60年周期で動いてるものなんてあるでしょうか?
でも、占いに関わっている人達によればその通りであるというのです。その理由は自然現象が60年周期だからではなく人々が そう信じてそのような運勢周期を自作自演したと考える方が合理的です。

じゃあ、西洋占星術は正確に星の位置を元にして占っており、科学的事実に基づいているから真実であると
言う人がいるかもしれません。でも、西洋占星術のホロスコープは地球からみた星の位置関係です。
「見た目の位置関係」であって実質的な太陽系での惑星の位置関係ではありません。
各惑星が多種多様なエネルギーを見た目の位置関係や誕生時のホロスコープを考慮しながら
一人一人に別々に与えているのでしょうか?
月が地球との距離によって誰にでも同じく影響する(満ち欠け)ならわかりますが、
占星術の影響は一人一人異なるため、とんでもないくらい複雑です。
各惑星がそんなコンピュータみたいに複雑な処理をしているのでしょうか?
私には各惑星からそのように送られているエネルギーを観測することができません。
「いや、エネルギーが送られているのではなく、位置と運勢がシンクロしてるのだ」という人がいるかもしれません。
ならば、西洋占星術も他の占いと同じで「何か不思議な偶然の一致」の原理によるもの
ということになります。「占星術は科学的なもの」ということではなくなります。

私は一人一人がどこかから受けている「気学九星」「四柱推命」「西洋占星術」のエネルギーを観測することができます。
それらはどこから来ているのかはわからないのですが、気学九星:日本的、四柱推命:中国(アジア)的、西洋占星術:西洋的
というエネルギーなのです。
自然界のエネルギーや星のエネルギーというより文化(人々の心)のエネルギーに感じられます。
つまり、人間の心が作り出した原理であって元々宇宙にあった原理ではないということです。

 ここで、疑問が出る人がいるかもしれません。素人は占いの複雑な原理や星の位置なんて知らないではないか? 自作自演なんてしようがない。という疑問が沸いてくるかもしれません。
その答えはこうです。潜在意識、集合意識は何でも知っているのです。

 占いで運勢が悪いとなっている人は悪い成分だけ改善するエネルギーを設定してください。
占いに詳しい方は吉運の生年月日や画数、星の名前などを設定してもよいです。

 (神秘のお部屋待合室の集合意識の障害中和エネルギー → ○○○○(自分))×最適回数
 (神秘のお部屋待合室の生年月日による運勢改善エネルギー → ○○○○(自分))×最適回数
 (神秘のお部屋待合室の名前の画数がもたらす運勢改善エネルギー → ○○○○(自分))×最適回数
 (姓名判断ZZ画の力→○○○○(自分の名前))×最適回数
 (算命占星術△△星の力→○○○○(自分))×最適回数

・カルマの法則も人間が作った?

 精神世界ではカルマという概念が当たり前のように使われています。
主に使われているカルマの意味は、自分が蒔いた種は自分で刈り取らねばならないということです。 つまり悪い事したら自分に返ってくるからしない方がよいという教訓です。
 一見すると尤もだと思えてきますが、思慮深い人はこれによって思索の迷宮に 入ってしまうものです。

 カルマが事実だとしたら、今不幸な人は過去の行いの罰を受けていることになる。 だったら、その人が不幸で苦しむのは当然であり、救ってしまってはいけないこと になる。でも見捨てたら見捨てた人はカルマを積むことになるのではないか? どうするべきなのか?

 また、我々は開運術やヒーリングなどで幸福になろうとしているが、カルマの 法則があるなら幸福になんてなれないではないか? もし幸福になったら罪を帳消しに したことになる。それはおかしい話だ。人間はカルマによって決められた運命に 従って生きるべきだ。
 カルマによって幸福になれる限度は決められているので幸福をつかんだら、 その分不幸になってしまうのでは?
いや運命は努力で開拓するのが人間の生き方だ・・・など思索の堂々巡りです。

 ここで私の意見を述べます。私はどちらかというと魔術や呪術によって幸福を 掴むべきだという考え方なのでカルマによって人生は決まっているというような 考え方は好きではありません。
 そもそもカルマの概念は人間が考え出した思想に過ぎません。もし本当にその ような因果応報みたいな現象があったとしても、それは人間が文明を築き善悪を 意識した頃から起こり始めた現象に過ぎないと思います。

 人類は文明が発達する前は狩猟生活をしていました。常に獲物を殺し、 外敵と闘わなければ生きていけないような過酷な生活をしていました。弱肉強食の世界です。 その頃に相手を傷つければ自分に返ってくる法則がいちいち作用していたと思いますか?
 文明ができてからも民族によっては盗賊や海賊みたいな生活をしていました。 彼らはそうしなければ生きていけなかったのです。そういう生活をしている人達は 生きてるだけでカルマをどんどん積むことになります。彼らにカルマの法則が作用して いたでしょうか? 
全ての不幸はカルマによる必然だとするなら、伝染病や飢饉で大量に亡くなった人達のことを どう説明するのでしょうか?

 私が思うに、カルマや因果応報の考えは、文明が発達してきて人々が善や悪について、 人生について思索するようになってから意識された法則だと思います。
「そうあるべき」という 考えがそういう法則の存在を意識させたに過ぎないでしょう。

 カルマのもう一つの側面は、曖昧であるという点です。誰と議論してもカルマの考えは 異なっています。何が善で、何が悪であるのか、そしてどう作用すべきかは人の価値観 によって様々です。カルマについていくら議論しても何も結論を得られないのはこのためです。
 今、人々に「あなたは悪いカルマを積んでいますか?」あるいは 「あなたは罪を積んでますか?」と聞いたらほとんどの人は「自分は真っ当に生きている 罪は積んでない」と答えるでしょう。しかし「他人は罪を積んでいる」と答えるものです。

 つまり、みんな自分の都合のよい解釈をしているのです。自分の生き方は悪くない。でも他人は間違いを犯していると。
 我々日本人は真面目に正しく生きていると思っています。しかし、貧しい国の人は「日本人は富を独占している悪党だ」 と思っているかもしれません。そうです、善悪やカルマの解釈は人によって全然違うのです。

 これはカルマに限らず善悪の考え全てに該当します。世の中には様々な考え方があります。 テロリストや泥棒でも自分は正しいと思っているかもしれません。放っておけば意見は対立して争いばかりになってしまいます。 これでは世の中が成り立たないので人類は法律というものを作りました。
 人々の善悪の価値観の最大公約数の最低限の部分を法律として規定して、それを破ったら罪になるというルールを作ったのです。これは人類の偉大な知恵です。

 で、何が言いたいかというと、カルマの法則もまた人類の意識が作り上げた自作自演の法則だということ です。宇宙に元々そういう法則があったわけではなく人類が作った法律みたいなものだという ことです。多くの人達の価値観の最大公約数によって作られた法則(あるいは掟)というわけです。
多くの人達の潜在意識のコンセンサスの結果である限り、その通りにする自作自演のエネルギーが作用していても不思議ではありません。

 しかし、地球人の意識が「そうあるべき」として定めた法則なのでこの地球においては意味がある法則ですが、その他の 世界には通用しません。他の世界には他の世界なりの掟があるに違いありません。

 自作自演の法則に過ぎないために、基準は曖昧で民族によって微妙に異なっているかもしれません。
もし、その法則が社会にとって必要な場合には作用する価値はありますが、それが個人の人生や新しい時代の流れを妨げる力となる場合もあります。 そういう場合は、その法則を乗り越えてもよいはずです。法律に修正や例外はつきものです。

 宇宙の力と接しているとこのことを感じることがあります
「カルマの法則は宇宙の法則ではない」と伝わってくることもあります。
地球の掟である限りそれは守るのが筋なのでしょうが、必要以上にそれに縛られ苦しんでいる場合には宇宙の力はそれを乗り越える 力となるように援助してくれているように感じます。

 掟は人々を規制する道具であって目的ではありません。掟にこだわり過ぎると「何もしないのが一番」ということになってしまいます。山に篭って行をしていれば罪を犯すこともないという発想になります。
 別な例で言えば「免許を取っても車に乗らずに優良ドライバーの資格を獲得して自分は優良だと満足する」みたいなものです。宇宙はこの優良ドライバーを賞賛するでしょうか?

 カルマの法則を絶対視したり、信仰対象のように重要視してカルマの法則が成就するために 多くの人は不幸になるべきだなどと考えるべきではありません。また、いくらカルマについて議論しても意味はないでしょう。矛盾だらけの相対的法則に過ぎませんので。
 それよりも重要なことは、このようなカルマの裁きのような思想は、原罪や破滅の予言の教えと同様に、人類の潜在意識へのマイナスのインプットになっているということです。

 人間の人生は勧善懲悪ゲームをするために存在しているのではありません。宇宙はそんなつまらないガンジガラメの世界ではありません。幸福=善が自然に表現される世界だと思います。宇宙の力は一貫して「幸福」になることこそが人生の目的だと伝えてきてるように私には感じます。

 カルマを邪気として扱う立場で浄化する文字波動設定があります。

 (宇宙最高のヒーリングエネルギー→○○○のカルマを浄化)×最適回数

 人のカルマの波動を呼び出すと重苦しいエネルギーが呼び出される場合があります。これを浄化することができるのでは?と考えてこの設定を皆さんに試してもらいました。
 カルマのエネルギーが浄化されて変化が起きたりします。でも、苦しくなったり悪い事が続出したりという報告もあります。一気に膿出しが起きて苦しくなることがあるようです。

 カルマによって縛られている人はこの設定によって状況を打開できるかもしれませんが病状が治る時に起きる「苦しみ」も覚悟する必要があります。苦しい時は解除してください。

 何故、カルマのエネルギーを呼び出すことができるのか? 何故浄化することができるのか? カルマのエネルギーは何なのか?
思慮深い人は実際に試してみることで何か発見できるかもしれません。
 私はカルマについてあまり興味は持っていないので深い探求は他の方にお願いしたいです。

・因縁の波動的解釈

 カルマの法則と似た考えに「因縁」があります。単純に言えばカルマの法則の日本語版と言えるでしょう。ただちょっと違うのはカルマの法則は主に本人の前世の行為の報いの法則を表すのですが、日本で言う因縁は本人よりも家系・先祖の行いの報いの法則みたいな意味合いがあります。
 カルマの法則の項目で述べたのと同じくこれが宇宙の法則だとは思えないのですが、波動を検出してみると確かに因縁のエネルギーみたいなのはあります。カルマとは微妙にエネルギーが異なります。(おおまかには同じですが)

 さて、因縁とは何でしょう? これもカルマと同じく文化的・集合意識的に作られたエネルギーだと思いますが、私は「心の本質が作った総合的結果」が主な要素だと考えています。難しい言葉を使ってしまいました。要するに過去の人々の想いの結果です。

 人は誰かに不当な扱いを受けたならその相手を憎みます。その憎しみのエネルギーは必ずその相手に届きます。そして何らかの作用を及ぼします。ほとんどは大した結果にならずに済むのですが積み重なると大きな影響になります。
 憎しみの念は強いと後々まで作用します。またはその人の周囲(家族など)の弱い人を狙うこともあるのです。強い恨みは子孫まで苦しめようとします。

 あんまりこのことを話すると怖くなってしまうので割愛しますが、恨みに限らず、妬み、商売敵への念その他もろもろの念が渦巻いており、現在・そして過去に受けてきたマイナスの念が膿みたいに蓄積して人生の足を引っ張っる原因の一つとなっています。これが因縁だと考えています。
 人を苦しめるような行いをしている人は他人からマイナスエネルギーを受けています。検出すると面白いくらいはっきりわかります。そういう人は未来の悪因縁を作っているわけです。念には人の念だけでなく霊障などもあります。細かい説明は省きます。

 一方、人は誰かに良くしてもらった時は感謝します。相手の幸福を願います。その念も相手に伝わり、必ず相手にプラスに作用します。また真面目に生きている人には集合意識など様々な次元からプラスの支援の力が働いています。多くの人は「真面目な人、社会に貢献している人は報われるべきだ、幸せになって欲しい」と考えているのでそういうエネルギーが集合意識的に働いてるのだと思います。

 そういうプラス・マイナスの作用が総合して因縁となっていると思います。その作用は必ずしも因果応報の勘定にピッタリとは限りませんが総合的には因果応報になっていると思います。それが因果応報の本質だと思います。誰かが何かの基準で人の行為を閻魔帳に記録して裁いてるというより、人の心の本質が結果的に因果応報、そして勧善懲悪の作用をしていると考えています。

 ですから、幸せになるために一番大切なことは人から恨まれるような卑劣な行為は決してしないことです。バレなければ大丈夫というのは心・霊の世界では通用しません。
 また人から感謝されるような行為をするとプラスになって返ってきます。宗教で言う「善行」やボランティアを勧めているわけではないです。そんな難しい話ではありません。
 周囲の人に親切に接する。困っている人が居たら話を聞いてあげる、できることをしてあげる。そういうことに心がけるだけで十分だと思います。
 ネットでも同じです。誰かのことを傷つけたりはしないことが大切です。匿名で書いても傷つけられた相手の念は必ず書いた人に作用します。
一つ一つは大した影響がありませんが、それが蓄積されると大きな結果になります。匿名掲示板で誰かを傷つけることを趣味にしているような人がいますが、私からすれば震え上がるほど恐ろしいことです。

 既に背負ってしまった因縁はどうするべきでしょうか?
一つは前述したようにプラスの因縁となる行為を積み重ねることです。
他に信仰もその一つです。どんな信仰にも因縁を浄化する力があります。宗教理論を持ち出して難しく考えることはありません。因縁はエネルギーだと考えれば信仰のプラスエネルギーが中和すると理解できると思います。

 もう一つ当サイトでは因縁を文字波動その他のエネルギーで浄化することを考えています。
特に因縁と指定して文字波動設定しなくても、プラスエネルギーを得ることを繰り返すことで少しずつ浄化していきます。文字波動、MHヒーリング、パワー体験ページには因縁を浄化する作用があります。

・神仏、悪魔、ラジオニクス・・そしてPCへ

 魔術やまじないの歴史は古くは神仏や妖怪、悪魔などの力だったと思います。  これも集合意識で説明できます。現代のような科学知識が無い時代には神仏や悪魔、妖怪などの存在は今よりも 現実的なものでした。なにしろ、昔の人達は何故太陽が昇って沈むのか?何故雷が鳴るのか?台風が来るのか? 何一つ分かりません。それらは見えない巨大な存在が起こしているに違いないと考えたのも無理はありません。 知らないことへの説明として荒唐無稽な神話や宗教が生まれ、当時の人達はそれを本気で信じていたのです。 そこで人々の集合意識の力が実際にそういった存在を生み、波動的な現象を起こしたとしても不思議ではありません。

 やがて時代と共に科学が発達してきて、多くの現象が法則によって生じていることが明らかになってきました。 科学がもたらす恩恵は確実なものであったため、人々は段々と神仏や妖怪などを信じなくなっていくこととなりました。
 逆に科学が万能であるかの信仰も生まれました。

 さて、科学信仰が進むと新しい魔術が生まれました。ラジオニクスや疑似科学理論です。 一昔前、人々を最も驚かした発明は電気でした。電灯、電信・電話、ラジオ・・これらは人々に「魔法」を思わせるほど 不思議だったに違いありません。(今では当たり前ですが)

人々が電気に対して抱く神秘さは大昔の人達が太陽の昇降に対して抱く不思議さと変わりません。 この思念のエネルギーはやがて神仏に代わる新たな魔術を生み出しました。それがラジオニクスです。 ラジオニクスは見た目は高度な電気機械のように見えますが実際には全く非科学的な箱に過ぎません。
 それが何故効果を生むのかと言えば、人々が科学に対して抱く信仰心に他ならないと思います。 共通認識が波動を生むと述べた通り、科学や電気に対する信仰心が非科学的箱に波動を与えたのです。

 続いて登場したのは擬似科学魔術です。トンデモと呼ばれるようなありとあらゆるデタラメ理論を元にした波動 技術です。一見科学理論のように見えますが全く科学的ではありません。今やネット上このような疑似科学が溢れるほど沢山出現しています。

当然これらは科学者からは相手にもされていません。今ではこうした疑似科学は子供の教育上良くないという議論が 沸騰してきています。科学的にデタラメなのですから、これらが効果を生むはずないと誰もが考えるでしょう。
 しかし、波動感覚のある我々はこれらが全くのインチキ・デタラメではないことがわかります。 実際にパワーが発生するものも多く有ります。

 これについて私の意見を述べると、これら疑似科学は現代の魔術の一つなのです。人々が科学に対して抱く信頼や期待、 そして神秘性への思念エネルギーが疑似科学という魔術を生み出したのです。
 これも人々の共通認識の表れと言えるでしょう。ほとんどの人達は科学の理論をしっかり理解してるわけではなく、 科学的という曖昧なイメージに信頼感を感じ、何か力があるだろうと感じているのです。これが現代人の共通認識であり、これが波動を生む原動力なのです。

 真面目に疑似科学をやっている方は本当に啓示や霊感を得てこれらのものを作ったのでしょうけど、啓示や霊感の源泉 こそ人々の集合意識であり、共通認識や共通願望の出現です。

 今後はどんなものが生まれるでしょうか? 既に述べましたがそれはPCやネットです。 今や世界中の人たちがPCを使って電子データや文字を使っています。そしてネットを利用してそこに様々な思考を 向けています。ここでもまた多くの人はPCやネットの原理など理解せずにPCやネットには不思議な力があると漠然と 思っています。今では機械によって作られたヴァーチャルな世界というよりも現実の世界のように感じ始めています。 その共通認識が魔術を生み出すのです。その一つがこの文字波動魔術というわけなのです。
文字に限らず、画像、ヴァーチャル空間、ゲームなどが波動を持ち始めるかもしれません。

・霊的啓示、チャネリングの謎

 オカルトや宗教の世界では昔から霊感のある人が神や高次元の存在からメッセージ(啓示)を受けたりする話が 沢山あります。
それらが本当だったかどうかは確かめようがありませんが。
 もし、本当だとするならば、それは一体何なのでしょうか?

 あまり独断で話を進めるのはちょっと申し訳ないのですが、この機会なので意見を述べさせて頂きます。
 啓示というのは大抵、戦乱、圧制、飢饉など世の中が不安な時代に起こりやすいようです。 現代では20世紀の科学万能主義、共産主義など精神世界が否定される文化の混乱期に多く登場したようです。 その代表格がエドガーケイシーです。彼のリーディングはキリスト教的でしたが、前世やアトランティス大陸など 当時のオカルトの話題が満載であり、それに信憑性を与えるような内容でしたので一世を風靡しました。

 しかし、予言は当っておらず、現在ではオカルト雑誌には取り上げられなくなっています。
 ではケイシーリーディングは偽物なのか?
ケイシーは本当にリーディングを受け取ったのだと思いますが、彼のリーディングは集合意識によるものだと考えられます。 集合意識は、時には神仏の名を語ったり、天才作家の小説よりも洗練された方便の物語や説明を啓示として与えたりするようです。

 それらは啓示が降りた時点には説得力がありましたが時間が経つと時代遅れになってきます。誤りも露呈してきます。 また啓示によるあらゆる予言はほぼ全てと言ってよいほど外れています。
その上、啓示には必ずと言ってよいほど歴史的有名人ばかりが登場してきます。西洋では聖書の登場人物、日本では卑弥呼や弘法大師がいつも登場するようなものです。有名人ばかり登場するということは集合意識の為せる業であることの証拠と言えます。
 大多数の人々は歴史を有名人の物語でしか考えないために集合意識の作る物語は有名人の寄せ集めになってしまうのです。

 結局、啓示というのは、その時代の人々の集合意識が時代に合った最適な教え(つまり方便)を共同創作したものに過ぎないと言ってよいでしょう。そこに絶対の真実などあるとは思えません。マルクスが言ったように啓示や宗教の教えは社会の状況に応じて相対的に変化するものに過ぎません。もし、闘ったり殺しあったりしなければ存続できない状況になれば殺人や戦争をも美化するような教えが登場するでしょう。「ものは言いよう」と言われるように何とでも集合意識はもっともらしい啓示を作るでしょう。

 余談ですが、現代の世界情勢悪化の大きな原因の一つとして聖書やコーランの啓示をいまだに「絶対の真理」として固執している人達(原理主義者) が居ることが上げられます。啓示は降ろされたその時代には価値があっても時代と共に変化していく相対的なものに過ぎないことを認識すべきだと思います。

 ケイシーや宗教の啓示に限らず、チャネリングなども同様だと思います。最近はたくさんの人がチャネリングやリーディングなどを行っているようですが、その内容はどれも似たようなものであり、同じ名前の天使やプレアデスなど有名な天体の宇宙人からのメッセージみたいなものばかりです。
 若い方は気づかないかもしれませんが、こういったものは流行みたいに”みんな同じ”であり、しかも時代によって”みんな一斉に変化”しているのです。高次元の存在やら宇宙人のメッセージが時代によって一斉に変化していくのは何故でしょうか?彼らの世界にも流行があるのでしょうか?

 私の結論はこうです。全てが嘘、インチキではないと思います。しかし、本当だったとしてもこれらは自作自演である可能性が高いと思います。つまり、人々の不安や要望やストレス解消の慰めを求める潜在意識が作りだした集団的演出ということです。
 ですから、どれも似たような内容になり、流行のように時代の雰囲気によって変化するのです。

 では、全て否定してしまうべきか?というとそうではなくて逆にこういったものを上手く利用すればよいと思います。人々の心身の健康や人生の悩みを解決するメッセージとなるなら結構なことだと思います。生き方や将来のビジョンと言う意味でも上手く活用すべきです。
 ただし、不安な時代には災害や破滅の予言みたいなのが出やすい傾向もあります。そういったものは真に受けないことが大切です。実際過去の予言はほぼ99%外れていますので

 啓示は、全体的には集合意識的なものに感じられますが、個別には神仏や宇宙人からのメッセージと思われる場合や、その他の特殊なケースなど様々であり、やはり謎に満ちたものです。潜在意識と同様、未知の領域と言えます。ここではあくまで波動という視点から一考察を述べました。

・UFOの謎

 宇宙人の話に関しても似たようなものばかりです。目撃される宇宙人の姿形はファッションや流行みたいに時代と共に変化するようです。どうも我々の感性に合わせてくれているようです(笑)
 昔の宇宙人は妖怪みたいな姿形が目撃されたようです。しかし、SF漫画が流行り出してから人間そっくりの宇宙人が目撃されるようになりました。アポロが月面着陸した頃は宇宙服を着たような宇宙人が登場するようになり、最近はスピルバーグの映画「未知との遭遇」で強いイメージが定着したグレイと呼ばれる目玉の大きい小人の宇宙人ばかりが目撃されています。

 彼らの乗るUFOも時代と共に外観が進化しています。空飛ぶ円盤というのは数十年前にマスコミでこの話題が広まってから突如として多数目撃されるようになりました。突如として出現したことも不思議ですが、もっと不思議なことは、昔目撃されたUFOはダサいデザインだったということです。今は洗練されているようです。自動車のデザインの進化とシンクロしているようですね。高度に進化した文明の人達の乗り物が何故我々の感性にあわせてデザインを変化させているのでしょうか?

 これも以上の理由から結論を言えば、人間の潜在意識が演出したものである可能性が高いです。時代によって変化することがその根拠です。我々がTVや映画の影響で抱くイメージや時代の雰囲気に応じて潜在意識が演出したものと考えることで説明がつきます。

 UFOや宇宙人の目撃談はありますが、物的な証拠は全く無いようです。米国政府が物的証拠を隠していると言われていますが、むしろ、米国政府はそういう噂をあえて流して政治的に利用していると考える方が現実的です。米国政府はCIAの外交的機密がちょっと漏洩しただけで神経質なくらいに騒ぐのに、何故かUFOの情報だけは次々と流出し続けるのを何も言わず放置しています。こんなことがあるはずありません。意図的に流して世論操作しているとしか思えません。
 UFOの話題は国民の政治的不満をそらしたり、国威高揚させたり、軍事や宇宙開発の予算獲得を容認する雰囲気を作るのに都合がよいのです。また、映画のヒットなど経済効果を高めることにも貢献します。

 ただ、UFOの目撃だけは世界中で観測されており、映像にも納められています。それは何でしょうか? これこそ集合意識が作り出した波動の蜃気楼のようなものと言えるのではないでしょうか?蜃気楼だから気まぐれに出現するわけです。そして追いかけても、決して捕まえることができないのです。勿論全てがそうだと断言はできませんが。

 そう考えればかつて菩薩や天使が現れていたのが、現代はそれに代わってUFOが登場するようになった理由も説明できます。

・宇宙の他の文明の波動

 以上のようなことを述べると宇宙人の存在を否定しているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。
私は宇宙には地球以外にも知的生命体が数多くいると確信しています。波動的には感じ取れるからです。ただ、オカルトで表現されているような宇宙人のイメージとは異なるのです。
 よく抱かれているイメージは、頭ばかりが大きいグロテスクな宇宙人、科学技術だけは発達しているが冷酷で感情が無い存在だったり、全く逆で神のような霊的な存在のようにイメージされている場合があります。それらは結局、宇宙人を地球人より劣ったあるいはつまらない存在であると我々が思いたい願望の表れに過ぎないと思います。丁度エリートに対して我々が抱く否定的感情と同じです。

 しかし、私が波動的に感じる宇宙人はそうではないのです。ごく稀ですが、彼らの波動に触れることがありますが、彼らは我々と同じであり、冷徹でも優等生でもありません。違いは幸福そのものに生活しているように感じる点です。彼らは長い歴史の蓄積によって幸福な文明を実現したに違いありません。それが結果的に波動となって現れているのです。
 文字波動で、宇宙の他の世界の波動を呼び込むことが可能です。銀河系最高の波動は我々にとっても癒しを感じる波動です。幸福そのものの文明によって生み出された波動に感じられます。
波動というのは1%でも怒りや悲しみの要素が加わると濁りますが、私が呼び込んだ波動にはそれがありません。こういう波動は地球上では作ることはできないでしょう。そこから争いも不幸もない世界(信じがたいことなのですが)が存在していると推察できます。

 更に面白いことを発見します。地球最高の愛の波動を呼び出すよりも宇宙最高の愛の波動を呼び出す方がはるかにダイナミックで大きい感じがします。
 また、地球最高の幸福の波動よりも宇宙最高の幸福の波動の方が大きい感じがします。宇宙には我々地球人が認識している愛や幸福よりももっと大きな愛や幸福が存在することを示しています。我々はまだ井の中の蛙なのかもしれません。
 宇宙は限りなく広いですから幸福な世界だけではないかもしれませんが。

 我々は未だ宇宙の他の世界と接触することはできません。でも物理的には交流できなくても、心の世界はそういった制約はありません。瞑想すると異なる世界の波動を感じ取ることができます。

 もしかしたら、我々は既にこの宇宙の様々な意識の影響を受けているかもしれません。また地球が宇宙にも影響を与えているかもしれません。
 いずれにせよ、我々地球人もいずれは他の文明のような幸福な世界を築くことが可能になるでしょう。宇宙が苦難に満ちた世界であるはずはありません。

・ピラミッドパワーの謎

 ついでに言いたい事を言わせてください。私は子供の頃からピラミッドが大好きでした。 というのは私が子供の頃、パワーグッズと言えばピラミッドと水晶くらいしか認識されていなかったからです。 ピラミッドはいろいろ実験したものです。思い出深いというか、心が和む波動です。
 ではピラミッドパワーはどうして発生するのでしょうか?

これについてはありとあらゆる説があります。雑誌のムーの記事に書かれているようなあらゆる説明があります。 ここで私の説を述べます。
  驚かないでください・・・「原始人のお墓に対する想いの波動」です。
もちろん、三角形、四角形や巨大建造物の形が集めるパワーも当然ありますが、メインのパワーはこれだと思います。

「ええ!?」と拍子が抜けましたか? 宇宙人からもたらされた未知の原理やアトランティス大陸の遺跡など あらゆる刺激的な説を聞いてきた方にとっては夢の無い説明に思えるでしょう。
 この説は、あまりに地味なので私がいくら主張しても誰も相手にしてくれません。
 私は商売や教祖には向いてないようです。大ホラ吹くセンスがありません(笑)

これはあくまで私の感覚なんですが、ピラミッドの波動は極めて沈静化した感触があります。追悼が最もふさわしいと 感じる静かな波動なのです。しかもその波動から感じられるものは知識の無い原始人達の純粋な信仰心のように 感じられてくるのです。これも根拠などまったくありません。あくまで私の感覚なのです。

 私が予想するには、人類が原始人だった数百万年の間、お墓は大体ピラミッドのような形だったと思うのです。 もっとも作りやすい形でもありますし。あらゆる地域で共通にピラミッドのようなものが作られてきたのではない でしょうか? それによってピラミッドの形にお墓に対する想いのパワーが染み込んだのです。

 エジプト人は、そのパワーが最も効果的に発現する形を感覚によって見出したのだと思います。 そして王室にパワーを集めて、ファラオの霊に強力にパワーを転写することによってあの世も支配しようとした のだと思います。更にピラミッドの建設によって今あるピラミッドパワーというものが形成され、後世に 残されたとも言えます。今ピラミッドの形を作るとパワーが発生しますが、エジプトのピラミッドと波動的に繋がって いることが感じられます。「んなアホな?」と思うかもしれませんが、文字に対する転写で世界中どこにあるものにも パワーを送れることを考えれば「あってもおかしくない」と思うでしょう。

 その元のパワーはやはり、原始人達がお墓に込めてきた思念に違いありません。 数百万年も蓄積されてきたエネルギーですから強力なのです。原始時代に蓄積されたエネルギーというのは様々な面で波動的に影響を及ぼしているに違いありません。

 何もこれはピラミッドだけではありません。文化そのものがそうなのです。
ヨガや気功が何で効果があるのか? 勿論医学的、スポーツ科学的、あるいは東洋医学的に説明できる合理的理由があるからでしょうが、もしそれでも説明できない効果もあるとしたら、それは何百年、何千年(もしかしたらもっと古くから)と繰り返されてきた型なのでその型にパワーが染み込んでいるからではないでしょうか? そういう意味で伝統文化というのは偉大であると言えるのです。

・最後に・・

 ここまで読んでくださった方は、おわかりと思いますが、私が言いたいことは神秘現象の多くは人間自身の力によるもの であるということです。人間というものは想像以上に力を持っているのです。人間こそが神なのかもしれません。
 潜在意識のページでも述べていますが人間の持つ力「潜在意識」というのはミステリーに満ちています。
 参考→潜在意識についての考察

 私がここで言いたかったことは「宗教」「真理」「原理」「正法」など人間が主張している物は人々の心が作り出したものでしかないことに気付いて欲しいということです。聖典や教えを絶対のものとする原理主義者による争いやテロが絶えません。
そして聖書の予言を成就しようとする政治的勢力が人類を動かしている話もあります。たぶんそういう勢力があるのは事実でしょう。
そろそろ「真理」「聖者の教え」などは時代の流行歌のようなもの、文化でしかないということに気づいて欲しいです。
預言・予言なども実現した試しはなく、いつの時代にも登場する集合意識のつぶやき・願望に過ぎないことにも気づいて欲しいです。
本物の真理を信じた人だけが救われるなんてことはなく、信じても信じなくても救われるということに気付いてほしいです。もう宗教や真理を巡る争いをして欲しくないです。
私の感覚では信仰の選択の誤りによって地獄で苦しめられている霊など見たこともありません。逆に特定の宗教の信者だけが優遇されているなんてことも見たことがないですし、特定の宗派の家系だけが幸せになっているなんて事例も知りません。また、神様はたくさんいます。唯一絶対の神様なんて私には感知できないですし、一神教と多神教の人達で何も変わることはなく、この世の終わりとか楽園の出現などの話を神仏から聞いたこともありません。(まあ、私が接してる神仏は低次元なのだと言われればそれまでですが)

 また、人間の持つ心の力は潜在意識活用、マーフィーの法則、引き寄せの法則などでよく知られていますね。それを理解している方は、もっと想像力を拡大してほしいです。
人間の持つ心の力は、単に個人の人生だけの問題に収まらず、宗教、占い、ヒーリング、波動関係、あるいはもっと広く世の中に影響しているのです。個人の信念や想いが実現するなら、集団や社会全体の信念や想い、認識が影響を及ぼすということにも気づいてほしいのです。当サイトはこの原理を利用してテクに用いて実証しているつもりです。

 もう一つ、言いたいことがあります。人々の想いやエネルギーの蓄積はマイナスの面もあるのです。過去の歴史の悲劇や人々の苦しみ・憎しみのエネルギーも当然蓄積されています。それが負債のように人類の行く手の障害になっているように感じます。心の力が未来を創ることばかり強調されていますが、過去の人達の想いが今の我々を制限していることにも気づいて欲しいのです。
 是非、研究家の方にはそのことにも目を向けて欲しいです。実はこれも人々が思っている以上に深刻なのです。
もちろん解決することは可能です。特に邪気抜きのテクノロジーがキーになるかもしれません。
かつて、ネット上に登場した伝説のヒーラー「きこうしさん」という方が邪気を抜く技術を提唱していました。私にはその技は真似できませんでしたが、現在「邪気抜きテク」として発達させています。
今後、皆さんの中から更にすぐれた技術を開発してくれることを期待しています。いずれ科学で、心の力、エネルギーを検出することが可能になれば、それが人類を救うテクノロジーの開発につながっていくと思います。
 まずは、人類全体に影響を及ぼしている神秘的なエネルギーが存在することに気付いて頂きたいです。過去の蓄積も含めて強力な力となっています。
 それはこの地球を創造した神とか、悪魔の力ではありません。運命の法則でもカルマでもありません。聖者や有名人が作り出したものでもありません。全ての人の心が作り出したエネルギーの結集なのです。

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