本作品は2022年作です。

●霊界のお仕事人(アフター・ライフ・ワーカー) シリーズ●

<第六話 悲しいナルシスト>

 ある日のこと、勇樹はオフィスで一つの仕事を仕上げて休んでいた。

「やったぜ。一件落着、もめ事をまるく治めることができた。
 うまくいった。交渉事は俺に任せろってことだな」

と気分が良くなっているとそれを見計らったようにシンリが勇樹に
仕事を依頼してきたのだった。

「勇樹よ、お願いがあるんだ。ちょっとうまくいかなくてね」
「何でしょうか?」
「交渉して欲しいんだ。
 私が数年前からサポートしてきた子がいるんだ。能力がある子なんだ。
 その子は気功の先生になりたいと考えてるんだが、父親が反対してるんだ。頑固でね。
 私の見立てではその子は絶対いい気功の先生になれると確信してるんだ」
「父親が許してくれないってことですね。
 交渉・商談なら任せて! なんで父親は反対してるの?」
「ちょっと話が長くなるけど・・
 その子は特殊な体質なんだ。ヒーラー体質かな?
 とてもいいエネルギーを豊富に出すことができるんだ。
 そういう点では滅多にいない逸材なんだが、
 いいエネルギーを出すということは、霊にも狙われやすいんだ」
「ふむふむ」
「女の子なんだが、卑弥呼の霊、北条政子の霊、春日局の霊などが乗り移って
 おかしな言動をしたり予言めいた事を言ったりして周囲を騒がしたんだ。
 霊に乗っ取られて2階から飛び降りようとしたこともある」
「そりゃ、怖いな。
 でも、有名な霊も降りてくるなら凄いじゃん」
「そんなもの偽者だよ。
 現世と同じで、あの世にも嘘つきや成りすましがいっぱいいるんだ。
 有名人を語る霊はいくらでもいる。
 そのほとんどがロクでもない霊だよ。
 現世の人は有名人とか、高次元の存在とかに弱いんだ。
 有名人の霊と接触したい、最高の神様と接触したい と誰しも願ってしまう。
 そうすると嘘つき霊が有名人や最高の神を名乗って騙しに来るんだ。
 あと、本当に自分が有名人だと勘違いしてる霊もいるんだ。困ったことだが。
 現世の人間には真偽を判断できないから、自分だけが高貴な霊と繋がった、
 最高の神様とつながったと万馬券を当てたみたいに喜んでしまうんだよな。
 あきれるくらい人って単純なんだ。そんな嘘を信じて全てを投げ出してしまう。
 だが、99.99%偽物だ。そんなことを語る霊なんてロクなもんじゃない。
 霊界ではそんな霊が現世を惑わさないようにとパトロールを強化しているんだが
 残念ながら騙されてしまう人が後を絶たない」
「そういうことか、なるほどね。
 で、その女の子はどうなったの?」
「変な霊に振り回されて奇行を繰り返すようになり、学校にも行かなくなった。
 私はこのままでは大変なことになると思って女の子を気功教室に誘導したんだ。
 この子は生まれつき、癒しのエネルギーが豊富にある。
 だから霊に狙われてしまうんだ。それを防ぐには、
 いっそその力を徹底的に鍛えて、霊に影響されないくらいに強くすればいいだろうと。
 彼女にピッタリの気功の先生も探して誘導したんだ。
 そこへ行くようになって気功を習ったらみるみる上達して、奇行は起きなくなったんだ。
 そればかりか、彼女の素質を見抜いた先生が、是非自分の後継者になって
 欲しいと言うようになったんだよ」
「それはいい仕事をしましたね」
「彼女は高校を辞めて、気功の先生の弟子になると決断したんだが、
 父親が反対してね。困ってるんだ」
「父親が反対する理由がわからないですね。
 天職を見つけたっていうのに」
「父親は、高校を卒業して普通の会社に勤めろと言ってるわけよ。
 気功なんて信じてないし、そんなのでメシが食えるのか?って」
「なるほど、親が心配する気持ちも理解できる」
「彼女にとっては気功の先生になる道がベストな選択肢なんだよ。
 チャンスなんだ。高校卒業して普通の仕事に就いたら
 万に一人の才能がうずもれるかもしれない」
「交渉次第だな。父親の気持ちを分析してみる」

しばらくモニタで調査をしたあと、勇樹はよい策が浮かんだという顔でシンリに提案をした。

「勇樹さん、お父さんの本音は、娘に金の苦労をさせたくないんです。
 自分が貧しかったからね。だから気功の先生できちんと食っていけると
 説得すればいいんですよ。
 策としては、気功の先生に父親と会うのがよい策です」
「でも、もし父親と喧嘩でもしたら、一巻の終わりだ」
「大丈夫、策があります」

後日、娘は気功の先生に父親から反対されていることを告げたところ、
先生は「ではお父様に会いに伺います」ということになったのである。
先生が家に訪問すると父親は怪訝な顔で迎え入れた。

父親、娘と先生が気功教室の後継の話をしたのだが父親はいい顔をしない。
その時である。勇樹がシンリに合図を送った。

「シンリさん、打ち合わせ通りにしてください」

すると学校の先生が突然電話をしてきた。
「娘さんいますか?」ということで娘を呼び出した。
娘が電話に出て、父親と気功の先生だけになった時に気功の先生は
さっと貯金通帳を開いてみせた。

「お父さん、気功教室の運営資金がこれだけあります。
 娘さんが後を継いだらこれを譲ってもいいんですよ」

通帳には1億円近い残高があり、父親はビックリした。

「気功教室ってこんなに儲かるんですか?」

その直後、娘は電話から戻ってきたが、何故か父親はニコニコしている。

「お前が望むなら、気功の道に進んでもいいよ。
 お前の人生だからな。学校も辞めていいよ」

と手のひらを返したような態度に変わっていたのである。
これを見たシンリは、

「勇樹、お前の策が成功したぞ うまくいったな」
「お金を見せればうまく交渉ができるとみたんですよ。
 気功の先生は地主の娘で金持ちなんですよ。
 気功教室も単に趣味でやってただけです。
 お金の心配はないってことなんです。
 その後継者になれば、娘さんもお金の心配など不要ってこと」
「なるほど。これで彼女は気功の道に進めるな。
 この子は間違いなく、先生よりも腕のいい気功師になるよ
 この子が将来こっちの世界に来たら部下にしたいくらいだ」
「一件落着ですね」
「やっぱり、勇樹は交渉の天才だな」

褒められて勇樹はいい気分でくつろいでいた。

するとモグロが待っていたかのように近づいてきたのである。

「勇樹よ、一段落ついたようだな。お前の交渉力はこちらの世界でも
 ちょっと有名になってるぞ。お前はできる、逸材だ」
「ありがとうございます。交渉には自信があります。
 現世に居たらビズリーチに登録していい会社に雇ってもらえたかも?
 と思ってます」
「ビズリーチってなんだ?」
「吉谷彩子のCM見てないのですか?
 あ、モグロさんはCMが登場する前にこちらに来たんでした(-_-)
 すいません」
「そんなことはどうでもいい。
 頼みがあるんだ。困った人がいてね」
「モグロさんがサポートしている人ですね。どんな人か想像つきます。
 いつも困った人ばかりですよね?」
「実はな、ドロボーなんだよ。逮捕されたんだ」
「ドロボー? そんなのサポートしないでくださいよ。
 痴漢と同じようなろくでもない人間でしょ?」
「まあ、確かに犯罪者なんだが、悪い奴じゃないんだよ。
 映画ドロボーなんだ」
「映画ドロボー?
 映画館で映画をこっそり撮影して海賊版を作って
 売ったり、アップロードしたりしてる奴でしょ?
 せこいドロボーですよね? そんな奴ほっとけば?」
「確かになあ。金儲けでやってるだけのドロボーなら
 相手にしないんだが、そうじゃないんだ。
 心が病んでる人なんだよ」
「捕まったんでしょ? じゃあなるようになるでしょ」
「罪を認めないんだ。認めれば示談で済むだろうに。
 強情を張ってるんだ。このままじゃ起訴されてしまう」
「盗人猛々しい みたいな人ね、ますます助ける気なくしますね。
 モグロさん、優しいのはいいんだけど、そんな人にまで
 情けを掛けることはないと思うよ」
「猛々しいんじゃなくて、自分は良いことをしていると思ってるんだ」
「ドロボーが?」
「映画を撮影してDVDにして貧しい家庭の子供達に見せたり、ただで
 配ったりして感謝されているんだ。しかも、子ども食堂などにも
 支援をしていて、困った人の味方というタイプなんだよ。
 流行りの映画を子供達に見せたいという動機でやっていたみたいなんだ」
「へえ、義賊ってやつね。
 でも、映画ドロボーなんてみみっちいよ。やるなら金持ちの金庫から
 大金盗めば俺は尊敬してやるのに。映画じゃせこいよ」
「そうか、じゃあ、頼まないよ。
 ほかに応援を依頼するよ」
「そう、あっさり切り捨てないでくださいよ。俺が冷たい奴みたいじゃん。
 ちょっと調べてみますよ」

勇樹が席に戻ってモニタで検索するとこの男のプロフィールが表示された。
高梨庸一 平凡な会社員であるが覇気がなく、万年平社員という感じである。
特に何も人と変わったところはなく、見た目も平凡でどちらかというと
大人しいタイプである。30代で独身であり、趣味は釣りと
ボランティア活動のようである。子供の世話が好きなようであり、近所の
子ども食堂に行っては子供達の世話をしたり、手伝いをしたりしている。
平凡かつ好青年という感じの人である。やさしくて子供好きなためか、女性からも
好かれているようだが、本人はかたくなに恋愛をしたがらない。
どうやら、何か理由があるようである。LGBTか? と思ったが、どうやら
心に傷を負ってるために恋愛を拒否しているようである。

「こんないい人なのに、女性にも好かれるタイプなのに、恋愛もできないなんて。
 ところで何故、ドロボーなんてしているのか?」

ちょっと不思議な人という印象である。
高梨は、休みの日に度々映画館に行き、子供に人気がある映画を見に行き
巧妙な手口で映画を撮影していたのだ。かなり高画質で撮影する技術がある。
それをDVDにして子供達に見せたり、配ったりをしていたのだ。
しかし、それを告発する人が現れて逮捕されてしまったわけである。

警察の取り調べで高梨は「私は悪いことはしていない」と主張していたのである。
警察はそれほど悪質な犯行ではないと判断して、

「罪を認めれば刑事事件としては起訴しない。映画業者も示談で
 済ますと言ってるんだ。罪を認めて謝罪しなさい。
 それがあんたの為だ」

と言っても

「私は何も悪い事はしていない。映画を貧しい子供に見せて
 喜ばせていただけだ。
 映画は私が作ったものだ。私の腕で手に入れた私の作品なんだ。
 それを子供に見せて何が悪い」

と主張しているのである。
これを聞いた警察官や映画業者は頭に血が登ってしまったのである。
警察官との取り調べの様子がモニタに表示された。

「お前は頭がおかしいんじゃないのか?
 盗んだ物を自分の作品とはどういうことだ。
 大勢の人が苦労して作った映画作品なんだぞ。
 それを盗んだんぞ。窃盗以外のなんだというんだ。
 お前は製作に手を貸したのか? してないだろ?」
「映画のアイデアは天からのもの。
 だから誰の物でもなく、刈り取った人のものである。
 例えば、
 百姓が作った野菜は自然の力が作ったもの。
 百姓は野菜の細胞一つ作る事すらできない。
 全ては自然が作ったもの。
 でも、それは刈り取った百姓の野菜であることに変わりない。
 それと同じ。私は映画を収穫したんだ。
 だから、映画は私が作った作品なんだ」
「お前はおちょくってるのか?
 お百姓さんは野菜を育てるために毎日苦労しているんだぞ。
 映画だって大勢の人が苦労して作ったものだ。
 お前は何も努力も苦労もしてないだろ?」
「私は誰にも見つからず、迷惑もかけずに完璧に撮影している。
 この技術は誰も真似できない。苦労して磨いた技だ。
 また映画の事情を調べ上げて、ヒットする作品かどうかを
 見抜く利き目を養うことにも努めている。
 誰にも真似できないスキルを磨いてきた。相当苦労をしてるんだ。
 そして大勢の子供達を楽しませているんだ。世の中に貢献しているんだ。
 技術、奉仕活動の対価なんて一切求めていないんだ。
 映画業界は天からの贈り物である映画に高い値段をつけて
 貧困層の子供達には見ることができなくなっている。
 それに私は抗議しているんだ。私のこの腕で。
 天からの贈り物はみんなのものなんだ」
「いいかげんにしろ、そうやって屁理屈を繰り返すなら、
 本当に起訴するぞ。刑務所に入れるぞ。
 前科が付いてもいいのか?首になるぞ」
「私は映画の目利きになった。自信もついた。会社を首になったら
 自分で映画を作って興行するつもりだ。だから心配ない。
 もっといい作品を作ってみせる」
「言ったな。お前は映画を作れるんだな」
「そうです。
 最近では冒頭のシーンだけでストーリーが想像できるようになりました。
 もう自分で創作することもできます。
 今までに、子供達を喜ばせてきて、子供達のニーズもわかるようになりました。
 プロの監督と同等に腕が上がりました。作る自信があります。
 私はヒット作の監督と同じ才能があったことに気づいたんです」
「いらいらする。
 そんな減らず口を叩くならこっちにも考えがある」

勇樹はモニタでこれを見て呆れかえった。

「モグロさん、調べてみましたが、こいつはおかしいですよ。
 映画ドロボーが映画を自分で作ったと勘違いしている。
 ナルシストもここまでくると呆れますね。
 こんなやつ、刑務所に入った方がいいんじゃないすか?」
「そういうなよ。
 この人は心の病気なんだよ。
 屁理屈を言って言い逃れしてるんじゃなくて
 本当にそう考えているんだ。
 しかも、根はとてもやさしい人なんだ。
 何とか助けてあげたいんだよ。
 こちらの世界に来たら部下にしたいと思ってるんだ」
「なんだって?
 こんな変な奴、引き取らないでくださいよ。
 モグロさんはほんと変人が好きなんだから」
「お前もその一人だよ」
「そりゃ、ないっすよ。
 いくら何でも、コピーしてるだけなのに自分が作ったと錯覚するなんて
 頭がおかしいですよ。どうしてそんな妄想抱くの?」
「人間にはありがちなことだよ。
 恋愛の勘違い妄想は言うまでもない。自分の才能も勘違いしやすい。
 例えば武道の本を見ながら自宅で練習しているうちに自分が武道の達人で
 あると錯覚して町のゴロツキに喧嘩を売ってボコボコにされたとか
 医師の治療を真似してうまくいった人が自分は医師としての技量がある
 と錯覚して医療行為を繰り返してしまい患者を死なせてしまうとか
 宗教の本を読んで頭で理解できたことで自分が覚者になったと妄想を抱いて
 教祖としてふるまったり、ハーレムを作ってしまったりとか。
 著名人と知り合いになっただけで自分が著名人の仲間入りしたと錯覚して
 著名人を装って人を騙したりすることがよくあるんだよ。
 人間は自分に都合のよい妄想に浸りやすいんだ。時には馬鹿げた妄想に。
 それで取返しのつかない過ちをする人もいる。しかも転落するまで
 現実に目覚めることができない人もいるんだ」
「人間って危ういものですね。弱さなのかもしれませんね。
 そんな勘違い妄想の人を助けたいと思う気力が沸かないけど、
 何か事情があるのかもしれないですね」
「そうか、ちょっとはわかってくれたか。
 この人の経歴を見てほしいんだ」

勇樹は再び席に戻り、モニタに戻り、高梨の生い立ちを見てみる事にした。
すると・・複雑な家庭に育っていることがわかった。
両親は二人共東大卒のエリートであった。
父親は東大法学部を卒業した超エリートで、現在はキャリア官僚である。
しかもボクシング部で大会に出場するほどのスポーツマン。
母親は東大ミスキャンパスに選ばれた美人。
在学当時から、みんなの憧れのカップルだったのである。

その子供として生まれたのが高梨庸一だったのである。
当然、高梨は東大に入るだろうと周囲から期待されたのだが・・・・
残念なことに、勉強はいつも平均をちょっと上回る程度。覇気もない。
ルックスもさえないし、スポーツも平均的。ぱっとしない男子だったのである。
両親が憧れの夫婦として有名だっただけに、高梨は子供の頃から
いつも「期待外れだね」という目で見られていたのである。
周囲は、高梨がトップの成績を出さない限り、褒めてはくれない
その期待の圧力を子供心に強く感じ取っていたのである。

「僕は全部平凡、だから誰も認めてくれない。
 トップでないと僕のことを愛してくれない。
 せめて勉強がダメでも、スポーツでも歌でも、
 お笑いでもいいから、何か一つでもいいから突出した才能が欲しい」

と平凡であることが罪であり、恥と感じて、自分自身を責める毎日を送るようになっていた。
いつしか自分は生まれてこなければよかったと感じるようになっていったのである。

高校受験の時のこと、高梨は進学校に行くことはできないと担任の教師から
はっきり言われてしまった。両親も本人も相当なショックを受けた。
その時、父親は激怒したのである。
父親は酔った勢いで言ってはいけないことを口にしてしまったのである。

「お前はやっぱりな、病院で間違われた他人の子だったんだよ。
 みんなそう言ってるよ。親戚も近所の人もみーんな言ってるよ。
 俺にもママにも似てないしなあ。
 今度、DNA鑑定してみるか?おい、いいだろ?
 俺はなあ、毎日恥ずかしくて近所を歩けないんだよ。
 職場でも子供の話を決してできないし、みんなも気を使って避けてるんだよ。
 お前のせいで肩身が狭いんだよ。それをわかってるのか?
 早く本当の俺の子とお前をトレードしたいよ、お前もそう思うだろ。
 本当の親の顔を見たいだろ?」

後で父親は土下座して謝ったが、高梨の心にこの言葉はしっかりと
刻み込まれてしまったのである。

更に不幸が彼を襲ったのである。彼には妹が居たが妹は勉強もスポーツも
出来る才色兼備の女子だったのである。成績トップクラスをキープし、
高梨の高校よりもはるかに高い高校に進学したのである。
周囲の人も近所の人もみんな妹の方ばかりに注目するようになったのである。
高梨はやがて自分が存在しないかのような意識状態になっていったのである。

社会に出てから、親や妹との関わりを自ら避けるようになってしまった。
恋人も作ることができない。その理由は、もし恋人ができたら、
「あんた、両親が東大出てるのに、あんたは大学すら出てないの?」と
言われることが死ぬほど怖いらしい。結婚したら、相手やその親族から
一生そのことを言われ続けるのではないか?という恐怖を感じていたのである。

ただし、彼には良い点があった。心の優しい人だったのである。
特に子供が大好きで、子供達と遊んだり、ボランティア活動に没頭する
ことで心の傷を埋めていたのである。心理学系のチームから

「この人は自己愛性のパーソナル障害で、極度の自己否定感があり、それを回避するために
 唯一の取り柄である「映画盗撮のテク」を自分の中で過大に評価することで
 自己肯定感を作り出して心の調整をしている。盗撮を映画製作と勘違いしている。
 ナルシズムの典型的な症状で、自分の能力や行動を稀有な天才的な才能と拡大解釈している。
 なぜ、そうなったかの原因は特殊な成育環境で受けた異常なストレスにあると分析できる。
 この人は、自分が大ヒット映画の監督と同じレベルであり、映画を作れると妄想を抱いている。
 この妄想だけが心の安定を保つ支え棒となっているのである。心理的な治療が必要である。
 この妄想をもし、乱暴に破壊してしまうとこの人のパーソナルが破綻してしまう恐れがある。
 この人を救うには長期間のカウンセリングと心理療法を施すことが肝要である。
 荒治療は決して行ってはいけない。精神が崩壊する危険がある。注意してください」

とのコメントが送られてきた。

勇樹は調べた結果を見てうなだれてしまった

「そうだったのか? 可哀そうな人だなあ。
 平凡であることが許されない環境で育ったのか、ひどすぎる。
 自分がヒット作を作ったと妄想することが心の支えなんて・・
 こんな悲しい人もいるんだな。
 立派な親の下に生まれるもんじゃないな。
 モグロさん、協力しますよ。
 で、どうしたらいいんでしょうか?」
「勇樹、わかってくれたか。
 この人は今危険な状態なんだ。
 このまま妄想を主張し続けたら、本当に裁判に掛けられて
 徹底的に心を傷つけられてしまう。パーソナルが崩壊してしまう。
 早く罪を認めて示談で済ますように説得して欲しいんだ。
 私がやっても全然ダメなんだ」
「わかりました。やってみます」

勇樹は考えた。

「この人の心の闇に触れずになんとか説得する。
 何はともあれ映画ドロボーは法律違反なのでそれは罪であると説得する。
 それさえ認めればこの場は乗り切れると伝える」

勇樹は必死に高梨にテレパシーを伝えたのである。高梨にそれが伝わり、
「ルール違反を犯したことは確かである。それは認めなければならない」
と思うようになってきた。
次第に「大人ならここで認めるべきだろう。折れるべきかな」と考えるようになってきた。
ようやく罪を認めようとしたその時、
イライラしていた警察官が新たな手を打ち出してきた。

「お前の両親は地元で有名らしいな。
 お前が起訴されたら、両親が泣くぞ。
 両親の為にも、ここで折れろよ。
 そしたらうまくまるめてやるからさあ」

と言ったのである。それを聞いた高梨は激高して立ちあがった。

「両親なんて関係ない。もう何年も会ってもいない。
 私とはいっさい、いっさい関係ない」

と大声を出したのである。警察官はびっくりしてしまった。
続けて高梨はさらに大声を上げた。

「私は罪を犯していない。一切悪い事はしていない。絶対に悪くない!」

と改めて無罪を強調したのである。
勇樹は「しまった。やられた」と声をあげた。

警察官はこれを聞いて怒りをあらわにした。

「てめえ、せっかく穏便に処理してやろうとしたのに、
 アホ主張をまだ繰り返すのか? なめんなよ。
 お前の無能さを思い知らせてやるからな。
 今日は帰さない。明日第二ラウンドだ。
 その強気をくじいてやるからな」

担当の警察官はかなり頭にきたようである。
被害者である映画館の人と協議して起訴する前に男をとことん
精神的に追い詰めてやろうと策を練ってしまった。

翌日、警察官は高梨にゲームを持ちかけた。

「おい、映画監督きどりさんよ。俺とゲームをしようぜ。
 今日と明日、この2日間でお前は映画を作れ。
 まあ、何にも機材がないから、脚本でも原案でも、絵でもいい。
 なんでもいいから書け、そしてなあ、お前が尊敬する映画評論家
 に評価してもらおう。お前が監督としての才能があると認められたら
 お前の勝ちだ。釈放してやる。
 もし、才能なしと評価されたら、起訴に持っていく。
 どうだ、面白いだろ。お前の才能を証明するチャンスだぞ。
 映画館の人もそれでいいって言ってくれた」
「それはありがたい。
 私は何十本とヒットした映画をこの目で見てきたが、どれもこれも
 私でも考案できるようなレベルだった。私だったらもっといいものを作れる。
 シナリオでいいなら、すぐに書いてみせる。
 私はそこいらの映画監督よりもずっと才能があることは間違いないんだ。
 今まで名前を出して作る機会がなかっただけだ。
 これでやっとそれを証明することができる。
 評論家などいらない。あんたも映画館の人も驚かせてみせる」
「決まりだな。さあ、会社に休暇の連絡をしな。
 腰が痛いとでも言っておけ、お前が勝ったら何事もなく
 普段の生活に戻してやる。いい作品を書けよ、頑張りな」

警察官が持ち掛けたゲームは高梨の自信を打ち砕く冷酷な戦略であった。
高梨が何も作れないことは百も承知である。能力がない現実をはっきりと
本人に思い知らせるのが目的であった。

これを見たモグロと勇樹は動揺を隠せない。

「しまった。最悪の展開だ。高梨はゲームに負けて
 プライドをズタズタにされた上に裁判に掛けられる。
 自我が崩壊してしまうかもしれない」
「ああ、なんてことだ。
 もう少しで説得できるところだったのに。
 こうなったら、高梨に立派なシナリオを描かせよう。
 モグロさん、霊界中に応援を依頼してください」
「無理だよ。そんなこと」
「やるしかないです。霊界には映画のストーリーを考えてる
 チームが居るでしょう。アイデアを送ってもらうんです」
「いくら良いアイデアを伝えてもそれを組み立てる能力がないと・・」
「もうやるしかないです」

モグロと勇樹はモニタに向かって応援要請を必死にツイートした。
すると、あちこちからメッセージが送られてきた。

「何考えているんだ!」
「犯罪者を無罪にする工作なんて馬鹿なことするな」
「霊界の人達が考えたアイデアをこんなことに使わせるな!」
「誰も協力なんてしないぞ」
「助けたい気持ちは理解できる。でも、犯罪は犯罪だ。
 きちんと裁かれるべきだ」
「おまえら、またおかしなことをしてるのか・・変なチームだ」

勇樹はシンリやお局さんにも協力を要請した。

「助けてやってくれ、この人は、悲しいナルシストなんだ。
 この人は心が壊れてしまうかもしれないんだ!
 病気なんだ。わかってくれ!」 

モグロや勇樹達の熱意によって何組かのチームが協力に来てくれた。
みんなが必死に努力したのだが、やはり高梨は映画など作ったこともない
人間である。頭にアイデアがひらめいてもストーリーとして組み立てられない。
取調室で必死にシナリオを書こうとしているが筆が進まない。
それを遠くから警察官と映画関係者は笑いながら見ているのだった。

やがて2日が過ぎ、締め切りの時間が迫ってきた。
高梨の机の上の原稿にはほとんど何も書かれていない。
もう手を挙げたのかもしれない。高梨はぼーっとしている。

そこへ、警察官が入ってきた。

「さあ、締め切りだ。見せてもらおうかな」

と、にやにやして近づいてきた。明らかに高梨を罵倒して侮辱する気である。
これを察した勇樹は叫んだ。

「シンリさん、この警官を阻止してくれ!!」
「わかった」

この瞬間、警察官に向かって風のような圧力が発生して後ろに飛ばされた。

「うわ〜何だこりゃ、何が起きたんだ」

と言いながら立ち上がった。
高梨は無事か?と心配したところ、高梨は目を開けたままぼーっとしている。

「おい、大丈夫か? どうした、どうしたんだ。
 何か言えよ。おい、何で止まってるんだ」

警察官が高梨の体をゆすっても一切反応がない。
息はしているが、心が無い人形のような感じである。
机の上には原稿用紙が1枚だけあり、そこには・・・

「私は、映画を作ることができなかった。何もできなかった。
 私は映画監督ではなかった。映画なんて作ってはいなかったんだ。
 私は映画を作って人を喜ばせる天才だと思っていたが、実は才能なんてなかったんだ。
 私は凡人だったんだ。平凡な人間だったんだ。これが現実だったんだ。
 知りたくなかった。本当のことを知りたくなかった。
 私は、やっぱり病院で間違われた子供だったんだ。
 おとうさん、お母さんの子どもじゃなかったんだ」

と書いてある。警察官は高梨を激しくゆすった。

「大丈夫か? どうしたんだ 起きろ、起きろ、起きてくれ〜」

と大声で叫んだ。しかし、高梨は目を開けたまま反応もしなかった。
この時、高梨の脳は精神的ショックで心身が危険な状態に陥ることを
避けるために意識を強制的に止めたのだった。
脳が自分自身を守ろうとする本能の最終的手段が発動したのだった。

高梨はすぐに病院に運ばれたが意識は戻らない。
それを見たモグロ達はがっかりと肩を落としてしまった。

勇樹:「しまった、俺たちがやりすぎてしまったのか?」
モグロ:「そんなことないよ。俺たちは最善を尽くした。
     でも、ダメだった。それだけだよ。
     勇樹は何も間違ったことはしていない」
勇樹:「この人はどうなるんでしょうか?」
モグロ:「大丈夫だろ、きっと意識を取り戻すさ。
     そしたら、勇樹、しっかりと慰めてやってくれ」
勇樹:「わかりました。
    でも、こんなことがあるなんて。
    なんて可哀そうな人なんだろうね。
    自分が平凡であることがわかって、失神してしまうなんて」
モグロ:「立派すぎる家庭に生まれたことが不幸の原因だな。
     東大に入るのが当たり前として育てられたんだ。
     それが無理だったらせめて何か一つでも目立った才能がないといけない。
     平凡であることイコール 病院で間違えられた子供 ということだったんだ。
     だから、自分が映画を作っているという妄想を抱いてしまったんだ。
     それしか自分を守る術がなかったのさ。悲しい話だね。
     俺たちは平凡な親の下に生まれてよかったんだな。
     もっといい親の下に生まれたかったと不満をこぼしたけど
     平凡な家庭に生まれてよかったんだな。
     周囲の期待なんてなかったし、気楽に生きられた」
勇樹:「そうですね」
シンリ:「人間というのは浅はかなんだ。
     優秀かどうかなんて確率できまるようなこと。くじ引きみたいなもんさ。
     それがあたかも血筋で継承されていくなんて幻想を抱いてる。
     親や先祖の偉大さを誇りにしたり、何百年も前の偉人と血がつながっているから
     どうのこうのとつまらないこだわりを持ちたがるのが人間の愚かさというもの。
     遺伝による才能なんて霊界からみたらガチャ程度のもの、
     数百人に一人くらいが得するクジ引き、その程度のことなんだよ。
     しかし人間は、無くて当たり前の才能をあるのが当然みたいに期待する。
     勝手に期待をして、得られなくて嘆き苦しむ。苦しみを自分で作り出しているんだ。
     この人はそんな愚かな大人達の犠牲にされた子供だったのさ」
勇樹:「そうですよね。こんないい人がねえ。
    きっといい人すぎたんだろうね。俺だったら反発して家出するけどね。
    ところでシンリさん、ガチャなんて言葉知ってるんだ?」
シンリ:「必死に現世のことウォッチしてるからさ」
勇樹:「へえ、だったらファッションも勉強したら?教えてあげるよ」
シンリ:「余計なお世話だよ」

モグロは病院で植物人間のようになって寝ている高梨をなんとか助け出そうと
霊界のあちこちに応援を求めた。
大勢のチームがこの男を助けようと集まってきてくれている。

「この男を助けてあげてくれ、こんな可哀そうな人は見たことがないんだ」

その叫びは霊界のあちこちに伝播していったようであった。

つづく

注)・・人間は誰しも特別でありたいと思うものです。それで妄想に陥りやすい傾向があります。
    私は過去にそういう妄想に浸って身を滅ぼしかねない愚行をしている人を何人も見ました。
    特に神秘系はそういう妄想に陥りやすいです。映画ドロボーが自分で映画を作ったと勘違いするのと
    同レベルのおかしな妄想に陥ってる人が見受けられます。
    自分の心の中で思ってるだけなら良いのですが、確証を得るため、他人に認めさせるために
    誰かを傷つけたり、異常な行動をしたりするのです。あるいは誰かと対決したり嫌がらせをします。
    哀れなことに命よりもその妄想が大事なようでいくら説得しても現実を見ようとしないのです。
    その結果、悲惨な末路に陥ることが予想できてしまいます。哀れと言うよりほかありません。
    人間とは「自分は特別」という麻薬中毒にかかりやすい愚かな生き物です。



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