本作品は2022年作です。

●霊界のお仕事人(アフター・ライフ・ワーカー) シリーズ●

<第五話 引き寄せの法則>

 勇樹は今日もオフィスに出勤して仕事に意欲を燃やしていた。
困っている人を励ましたり、良い方向に導いたりすることは性に合うようであり、
遣り甲斐を感じる勇樹だった。
加えて現世時代にできなかった夢も果たせる気がしていたのだ。

「俺はサラリーマンとして出世する前にこっちに来てしまった。
 課長くらいにはなりたかったな。
 善徳のポイント稼いだらモグロさんみたいに
 自分のオフィスを与えてもらえそうな気がする。
 シンリさんやお局さんみたいな変人じゃなくて、
 精鋭の営業マンを部下にして、もっと大きな仕事をするんだ」

などと考えてたりする。
一方で人の支援はうまくいかないこともある。
また、困っている人達に意識を向けていると世の中、自分が思っている以上に
過酷な状況に苦しんでる人達がいることに気づかされることもある。

「こんなに悲惨な人が世の中にはいたんだ。
 現世はまるで地獄だな。
 俺なんて幸せな方だったのかもな」

と思ってしまうこともある。
時に愚痴ってしまうこともある勇樹であった。
そんな時はシンリに問いかけてしまうのだった。

「シンリさん、世の中って厳しいですね。
 俺なんて恵まれていた方だったんですね。
 こんなひどい現実があったなんて・・
 と思い知らされてしまいます。
 どうして現世はこんなに苦しいんでしょうか?」
「そうだね。
 地上、すなわち現世は弱肉強食の生存競争から生まれた世界だ。
 だから、放置すればたちまち強い者だけが支配する猿山になってしまう。
 そして、猿山同志の闘いが繰り返される。
 争いと格差拡大、そして破滅の繰り返しで一部の勝者だけが幸せになり、
 ほとんどみんなが不幸になる。それが現世の宿命なんだ。
 だから、我々が常に現世の不公平を調整しなければならないんだ」
「たしかに、現世は不条理ばかりの世界だった。
 だったら、いっそ現世を終わらせた方がいいんでは?
 こっちの世界、あの世があるんだから。
 こっちは正直者が報われる天国なんだから。
 何で現世が存在するの?」
「うん、そう思うこともあるなあ。
 現世が何で存在しているのか?
 ・・・それは・・・いわゆる・・つまり・・
 ・・我々が考えることではない。
 きっと現世があるからあの世もあるんだよ。
 きっと悟りを開いたら理由がわかると思う」
「シンリさんも理由を知らないのね、
 なんであれ、現世の世界が存在するんだからしかたない。
 俺は仕事をしてやる、現世を少しでもマシにするためにね」
「そうだ、現世は我々がサポートしなければならないんだ。
 しかし、困ったことに、現世では最近ますますこの霊界のことを否定する人達が
 増えてきている。科学が発達してきたからではあるがな。
 現世の文明は地上の人間の力だけで築かれたなんて思い上がり始めてる」
「思い上がり?
 バベルの塔の話みたいな?」
「そうだな。
 文明は地上の人間の力だけで築かれたのではない。
 霊界の霊達が知恵を生み出し、それを授け、文明や文化を育み、
 現世の不条理を修正してきたからこそ発展できたんだ。
 現世の人達はそれを忘れてしまっている。
 その内、自分達が神だとうぬぼれるようになり、自然や生命さえも
 勝手に作り替えようとするだろう。
 長い年月掛けて形成されてきた自然界のバランスもあっと言う間に壊されてしまう。
 歴史を積み重ねて築かれてきた文明も核戦争が起きればあっと言う間に滅びてしまう。
 現世の人間達は自然も文明も自分達のものだから、どうしようが勝手だろ?
 なんて思いあがってしまうだろう」
「シンリさん、凄いな。
 俺は、そんなこと考えたこともなかったなあ。
 シンリさんは霊界人が仕事をしてるなんて現世の頃から知ってたの?」
「俺はわかってたよ。修行者だからな」
「ほんとかよ?
 超能力者に憧れてただけでしょ?」
「ふふ、最初はね」
「とにかく、ここに来て現世がいろんな霊達に
 支えられていることが分かった。
 でも、ならばどうして不幸になる人が一杯いるんだ」
「いい質問だね。
 現世の人には霊界のことが分からないからなんだ。
 もし、霊界が存在すること、霊界の人達の生活を知ることが
 できる時代が来たら、もっと現世の人達は神仏や霊界に感謝すると思うし、
 もっと人を大切にする世界になるはずだよ」

そんな会話をする二人であった。
さて、勇樹達がそんな会話をしている間、地上の某ビルの食堂で女性が食事をしていた。
テーブルにはそこの会社の女性達が集まっていて、いつものように歓談をしながら昼休みの
食事をしているのだった。

若い女性達の最近の話題は引き寄せノートであった。
引き寄せノートに理想の彼氏像を書いて毎日それを見て念じたりイメージしたりすると
理想の人と結ばれるというものであった。この会社でブームになっていたのだ。
女性達は毎日楽しそうに自分の理想について話をしていた。
彼女はその中の隅の方でひたすら、話を聞いてメモをしているのだった。

「私の理想の彼氏を聞かれる番がきたら、どう答えようかな?」

などと考えながら手帳を眺めた。

「これを言ったら平凡と笑われるかも・・」

などと思ったりする。
テーブルの女性達はいつものようにたわいもない会話をしている。

「私の理想の彼氏はね、大栗俊 みたいな甘いマスクで優しくて
 しかも、いいとこの育ちで、英語もペラペラ、テニスが趣味。
 何でも私をエスコートしてくれるサービスがいい人ね。
 もちろん身長も高くてスマートじゃないとね」
「欲張りね。私はそんなイケメンじゃなくていいの。
 イケメンは浮気するからね。
 重視するポイントは収入、やり手で将来性がある人であること。
 これだけは妥協しない」
「私はうちの部署のエース、安田さん、カッコいいし、明るいし、頭いいし」
「でも、ライバル多いわよ。みんな狙ってるから大変よ」
「ねえねえ、この間オペレーター室の滝口英子が退職したでしょ?
 噂だと、お医者さんをゲットしたらしいの?知ってた?」
「お医者さんって! どこで知り合ったの?」
「アニメのファンクラブのバーベキューで出会って意気投合したんだって。
 英子も引き寄せノート使ってたらしいわよ」
「その手があったのね。
 引き寄せノートが縁を結んだわけね。凄いわね。
 うちの会社の引き寄せブームで最初の成功例ね。
 私も絶対理想の彼氏をゲットするわ」

それを聞きながら、隅に座っていた女性、なつみ は自分のリストを眺めていた。
そこには次のように書いていたのである。

「私の理想の彼氏は
 ・明るい人
 ・話が面白くて楽しい人
 ・幸せな人
 ・頭がよい人
 ・多くの資格を持っている
 ・高収入
 ・友達が多い
 ・素敵な店をたくさん知っている
 ・背が高くてスマート
 ・イケメン
 ・頼りがいがある
 ・ファッションセンスが良い
 ・家庭的
 ・スポーツマン
 ・車を持っている
 ・理想的な家庭育ち
 ・愛情あふれる家族がいる」

と書いてある。
「こんな平凡な理想じゃ笑われちゃうかな」
などと考えている。

なつみは引っ込み思案で、結局この日も何もしゃべらずに昼食を終えた。
そして、なつみは仕事に戻った。

その頃、モグロのオフィスではモグロが頭を抱えていた。
それに気づいた勇樹が声を掛けた。

「モグロさん、何を悩んでいるんですか?」
「うん、ある女性をサポートしているんだ。恵まれない人でねえ。
 その人は癌を患っているんだ。しかし、医者に行こうとしないんだ。
 このままだと死んでしまうよ」
「自覚症状がないんでしょうか? それとも健康に自信があるとか?」
「医療チームからの情報だと、どうやら健康保険に入ってないらしい。
 お金がないので医者に診てもらってないようだ。
 一度も医者に行ったことがないらしい」
「保険に入ってない? 医者に行ったことがない?
 今の日本でそんな人がいるの?」
「いるんだよ。現実には。
 役所に相談すればなんとかしてもらえるはずなんだ。
 でも、過去に役所から冷たくされたことがトラウマになってるらしく
 相談にもいかないんだ」
「そりゃ、困った人ですね」
「私の力じゃだめだった。シンリ君、勇樹君、力を貸してほしいんだ。
 ボランティアで相談に乗ってくれるところに誘導してほしいんだ」
「わかりました。やってみます」
「たのむ、その人は”なつみ”という人なんだ。
 しかも、困ったことがある。
 彼女、自分の命が残りわずかだと察知したらしく、
 死ぬ前に彼氏を作りたいと思ってるらしい。
 ”引き寄せなんちゃら”をやってるらしいんだ。
 だが、防犯チームによるとゴロツキと接触する可能性があるらしい。
 余命僅かな女性がゴロツキの餌食になるなんて、最悪すぎる。
 お局さんも協力してほしい。ゴロツキとの縁を切ってほしいんだ」

するとお局がモグロの方を向いてしゃべりだした。

「引き寄せの法則とか、引き寄せノートとかね。
 最近はやってるらしいわね。
 潜在意識の力とか言ってるけど、マッチングしてるのは霊界の世話好き達よ。
 釣りあいが取れた引き寄せを望むなら良いマッチングがされる可能性が高いけど
 高望みしたり、身勝手なことを望んでるとロクでもない罠にはまることが
 あるわね。その人はきっと後者ね。
 私に任せておきなさい」

勇樹がそれを聞いて驚いた顔をしていた。

「引き寄せとか、願望が、何で実現するのか?と疑問だったけど、
 これも霊界の霊達の仕事だったわけか?
 霊達って世話好きなんだなあ」

するとシンリが説明をはじめた。

「そうだよ。祈りや願望は霊界に伝わるんだ。
 その願望が世の中に有益だったり、霊達の要望に合ったりすると霊達が
 それを支援してくれて、実現しやすくなるんだ。
 逆に、自分勝手な願望だと変な事を企む霊界の集団と関わってしまうことがある。
 また、みんなが同じ事を望んだ場合には当然ながら競争になってしまう。
 この仕組みがわかって願望を祈ればいいんだが、残念ながら現世の人達は
 みんなで宝くじ1等当選を望むみたいな勝手で安直な願望を抱く傾向がある。
 それで願望が実現しないと神仏に文句を言うんだ。
 現世なんてそんなもんさ」

勇樹はこの「なつみ」という女性について調べてみた。
するとこの女性は20代の若さでありながら、癌に冒されており、本人も
自覚しているが病院に行こうともしない。その理由はお金であった。
派遣の掃除の仕事をしており、給料は安い。アパートに住んでいるが
家賃を滞納しており、大家から出て行けと冷たくされている状況であった。
家族も友達もいない。どうやら不幸な生い立ちらしい。
唯一の息抜きは、昼休みに同年代の女性達と同じテーブルに座って
仲間のようなふりをして話を聞くことであった。実際には友達はいない。

そして、女性達が最近引き寄せノートで彼氏を作ろうとしているのを
聞いて、自分も死ぬ前に一度でいいから彼氏を作りたいと思ったのであった。

「そうか、可哀そうな人だな。どんな彼氏が欲しいんだ。
 お局さんにマッチングしてもらおうかな」

と思ってなつみが書いた引き寄せノートを調べてみた。
見たいと念じるとモニタにそれが表示された。

「・明るい人
 ・話が面白くて楽しい人
 ・幸せな人
 ・頭がよい人
 ・多くの資格を持っている
 ・高収入
 ・友達が多い
 ・素敵な店をたくさん知っている
 ・背が高くてスマート
   ・
   ・     」

などと書いてある。

「なんだ、この高望みは?
 身の程を知らないとはこのこと。
 彼氏なんてあきらめてもらうしかないな。
 これじゃ、ゴロツキが嘘八百でこの女性に
 近づいてくるのも必然だな。
 ヒモや風俗嬢にされるかもしれない。
 病気の人がそんな目にあうなんて目も当てられない」

「モグロさんが言ってたゴロツキはどんな男だ」

と思って検索するとその男が表示された。
派手で趣味の悪い格好をした小柄の男である。東南アジア系の
顔をしており、いかにもグレた感じの男である。
しかも陰湿で暗い雰囲気である。

「こんな男が、引き寄せの相手か? 何かの間違いでは?
 さっきの理想像とは似ても似つかない。
 しかし、口達者で女性を騙す詐欺男かもしれない。
 こんな男の経歴なんて見るまでもない」

その日の夕方、なつみは仕事を終えてぐったりと疲れており、
途中の公園のベンチで一人座って休んでいた。

「体が辛い、もう限界かもしれない」

と独り言を言っている。
そこへ、このゴロツキ男がやってきた。
モグロは勇樹とシンリに合図をした。

「おい、女性にゴロツキが近づいてきたぞ。
 二人の出会いを阻止しろ、こんなろくでもない男、
 悪い事企んでるに決まっている」

勇樹は女性にテレパシーを送った。

「そろそろ、ここを離れなさい。自宅に帰りなさい。
 悪い人が近づいてる」

と。するとなつみはそわそわしてきてベンチから立ち上がり、
帰路についた。勇樹はほっとした。
そこへ、ゴロツキ男が来て、同じベンチにすわったのである。
ニアミスである。
勇樹は「やった出会いを阻止した」と喜んだが、
数分後、なつみがベンチに戻ってきた。
そして男に話しかけてしまった。

「すいません、ここに鍵を落としたようです。
 ちょっと立って頂けませんか?」

すると男は立ち上がって「一緒に探してあげましょう」と地面を探してくれた。
しばらく二人で探すが見つからない。ふと思い出したように女性は

「そうだ、鍵は今日から無くさないようにと首にネックレスみたいに
 付けるようにしたんだ。ここにあるわ。
 ごめんなさい。お騒がせしてしまって」

と女性は頭を下げた。男はにっこりと笑って

「いいんですよ。見つかったのならよかった。
 よろしければ、ちょっとここでお話しません。
 僕、何故かあなたに親しみというか、やすらぎを感じるんです」

なんと運命の出会いみたいになってしまったのである。

「やばい、シンリさん なんとかして阻止して!」

よし、お回りさんが近くにいる、この二人の前に誘導する。
男はビビるぞ。それでこの出会いは破談だ。

シンリが警察官を誘導してきた。
警察官は男を見て不審だと感じたが、呼び止めるほどでもないので
素通りしてしまった。男は別に何も反応もしなかった。

「こいつ、度胸が座った悪党だな」

などと思っているとなつみは男に向かって

「私も何故かあなたに安らぎを感じます。
 よかったらウチに来ませんか?」

と誘ったのである。勇樹はびっくりした。

「初対面の男を家に誘うとはどういうことだ。
 阻止しなければならない」

勇樹とシンリは二人に必死にテレパシーを伝えた。

「この男はろくでもない悪党だ」
「この女は病人だ。何の役にも立たないぞ
 この女のバックには怖い大男がいるんだぞ」

なつみは自宅まで男を案内した。すると男は

「今日はなんだか頭痛がして具合が悪いです。
 ごめんなさい。これで帰らせてください。
 また今度伺います」

と言って帰っていった。なつみも気分が落ち着かない。

「せっかくいい人と巡り合ったのに、残念だわ。
 今日は私も気分が悪い。どうして気分が悪いのかしら。
 やっぱり病気が進行してるのね」

シンリが怒りをあらわにした。

「この男が二度と来ないようにするため、悪魔の姿に
 なってこの男に襲い掛かってやる。
 怖い想いをすればもうここには来ないだろう」

と術を使おうとした。
男の目の前に悪魔の姿を現わそうとしたのである。
その瞬間、突然、透明な壁がシンリを妨害し、そして強い力で
シンリを跳ね飛ばした。

「うわあ、なんだこりゃ、誰かが邪魔しやがった」

とシンリは叫び、頭を抱えた。

それから数日後、
なつみは掃除の仕事ができなくなり、自宅で一人寝込むようになった。
部屋のポストには、大家さんからの退去通告みたいな紙が何枚も入っている。
いつ追い出されるかわからない。ほかに行く宛てもない。
彼女は布団の中で一人つぶやくのだった。

「もう、終わるのね。何もかも。
 このまま消えるしかないのね。
 最後に一度でいいから、優しい男性に愛されたかった。
 私をセックスの道具ではなく人として愛してくれる人に」

そんな時、扉を叩く音がした。
なつみは「大家さんかしら」と思っていると。

「僕だよ。先日、夜の公園で出会った。
 あなたに会いたくて来たんだ。
 よかったら会ってほしいんだ」

なつみは、辛い体を無理しながら扉を開けた。
なつみに会いたいと言ってくれた人は初めてなのでうれしかった。
するとそこに居たのは先日会った男性である。
しかし、全身あざと傷だらけである。

「お久しぶりです。どうしたの?」
「ああ、組をやめたんだよ。こんな仕事をしたくないって。
 まともな人になりたいって。そしたら、ボコボコにされちまった」
「病院に行かないと」
「病院代払えないよ。もう帰る家もないし、何にもないんだ。
 もうどうなるかわからない。最後に君に一目会いたくて来てしまった」
「そう、私もそうなの、病気なの。でも病院にはいけないの。
 ここで休んでいって」
「ありがとう。君と会えてよかった」

男は部屋に入り横になった。そして二人は抱きしめ合った。
素性も知らない、一度会っただけなのに、二人は違和感もなく抱きしめ合った。

抱きしめ合いながら二人は静かに語り合った。

「どうして、見知らぬ僕と君が一緒にいるんだろうね?
 不思議だよ。君といると心が安らぐ」
「私もそう。不思議よね。きっと引き寄せの法則よ」
「なんだい、それ?」
「ノートに引き寄せたい事を書いて念じると実現するらしいの。
 今、職場でも流行っているのよ。
 理想の彼氏を念じていたの。それがあなただわ」
「へえ、そりゃすごい。不思議な力が僕たちを引き寄せたってことか?」
「これがノートよ」
「見せてくれる。君の理想の彼氏ってどんな人だったの?」

男はノートを開いてみた。そこには

「・明るい人
 ・話が面白くて楽しい人
 ・幸せな人
 ・頭がよい人
 ・多くの資格を持っている
 ・高収入
 ・友達が多い
 ・素敵な店をたくさん知っている
 ・背が高くてスマート
   ・
   ・     」

と書いてある。それを見た男はびっくりしている。

「全然僕とは違うじゃないか?」

「そのまま念じるんじゃないの。ノートを見て念じるときはねぇ

 ・明るい人 じゃない人
 ・話が面白くて楽しい人 じゃない人
 ・幸せな人 じゃない人
 ・頭がよい人 じゃない人
 ・多くの資格を持っている 人じゃない人
 ・高収入 じゃない人
 ・友達が多い 人じゃない人
 ・素敵な店をたくさん知っている 人じゃない人
 ・背が高くてスマート じゃない人
 ・イケメン じゃない人
 ・頼りがいがある 人じゃない人
 ・ファッションセンスが良い 人じゃない人
 ・家庭的 じゃない人
 ・スポーツマン じゃない人
 ・車を持っている 人じゃない人
 ・理想的な家庭育ち じゃない人
 ・愛情あふれる家族がいる 人じゃない人

 と念じていたのよ」

「ははは、それなら、僕はその通りだね」

二人はいろんな話を繰り返したが、決して身の上話をしようとはしない。
二人の人生は想像を超える悲惨なものであった。なつみは生まれた時から
人身売買の商品にされ奴隷のように働かされた。
両親も知らない。家族もいない。警察に保護されたのだが、まともな教育も受けていない。
男も同様である。日本で生まれたが、出生届もされず、戸籍も国籍もない。
学校に行ったこともない。漢字が読めない。役所に相談したことがあるが
「大使館に相談しください」と言われるだけである。外国人扱いである。
しかし、男は自分の親がどこの国の人だったのかもしらないのである。
二人の人生は極限の苦しみに満ちていたため、二人はいつしか、過去を
思い出さなくする術を体得していた。
だから、二人は過去を思い出すことができないのである。

「私は一体どんな人生を送っていたのかしら?」
「君もそうか、僕もそうなんだよ。
 過去を思い出すことができないんだ。
 きっと思い出したらいけないからなんだね」
「そうね。思い出したらきっと辛くなるので思い出せないのね。
 でもね。一つだけ楽しい思い出があって、それは思い出せるの。
 数年だけ学校に行ったことがあるの。
 そこで私は初めて親切にしてもらったの。
 初めて人間として認めてもらえたの。
 夢のような日々だったの」
「そうか、学校に行ったことがあるんだ。
 うらやましいな。僕はないと思う。記憶にはないよ。
 でも、僕にも楽しい思い出が一つあるよ。
 僕の事を大事にしてくれた人がいたんだ。やくざの人でね。
 オヤジさんと呼んでたんだ。
 僕を部下にしてくれたんだ。僕にお酒を飲ませてくれたし、
 映画館に連れていってくれた。たしか不良高校生の映画だったな。
 僕を喜ばせようとしてくれたんだ。
 とてもうれしかったけど、映画を見て涙がこぼれた。
 映画の不良達には帰る家がある。親がいる。暖かい食事がある。
 学校がある。仲間がいる。僕には何にもなかったんだ。
 オヤジさんだけが優しくしてくれた人なんだ。父親だと思ったよ。
 でも、オヤジさんはすぐ死んじまった。それ以外何にも覚えてない」
「あなたにはお父さんがいたのよ。よかったわね」
「君には楽しい学校の時代があったんだね
 二人でその思い出を分かち合おう」

男は吐血し、女は衰弱が激しくなり、危険な状況であった。
それを見たモグロは騒ぎ出した。

「大変だ。このままじゃ女性は死んでしまう。例のゴロツキ男と一緒だぞ。
 勇樹、シンリ、お前ら何やってたんだ。
 男は彼女に薬物を投与したのかもしれん。
 すぐに救い出せ!」
「モグロさん、男との接触を阻止しようとしたんだが、誰かが邪魔するんだ」
「つべこべ言わず、大家さんに気づかせろ。
 周囲の人達に気づかせろ。救急車を呼ばせるんだ」

モグロはモニタに応援を呼び掛けた。勇樹もシンリも懸命に努力したが、
親戚も友達もいない、近所付き合いもない彼女の異状に気づく人は誰もいなかったのである。

2日が経過してなつみの容態は極めて悪化していた。
一方、男も動くことさえもできないほど衰弱していた。

「ああ、なんだか意識がもうろうとしてきたわ」
「僕もだよ。空腹も感じなくなってきた。そろそろ死ぬのかな。
 死んだらどうなるのかな」
「私は信じてるの。きっと死んだらあの世に行けるって。
 あの世では私達は人間として扱ってもらえるの。
 あなたを大事にしてくれたオヤジさんや私の学校の先生みたいに
 優しい人達が一杯いる世界に行けると思うの」
「そうだよね。きっとそうだよ。
 そろそろそういう世界に行ける時がきたんだよ」
「最後にあなたに会えてよかったわ。
 引き寄せノートのお陰ね」
「そうだね。僕も君と一緒にこうして死ねるなんて、
 うれしいよ。きっと神様が僕たちを会わせてくれたんだよ」
「こんな私達にも最後にプレゼントをくれたのね。
 神様はいるわ。そしてあの世には優しい人達が一杯いるわ」

モグロ達は必死に二人を救出すべくあらゆる努力をし、霊界のたくさんのチームが
協力してくれたのだが、コロナ禍もあってなかなか二人の窮地に気づく人はいない。

それから一週間後、ようやく近所の人達が異変に気付いた。
部屋の電気がつけっぱなしだからである。
ブザーを鳴らしても応答がないので、大家さんを呼んで扉の鍵を開けた。

そこには、部屋の布団にくるまって男女が抱きしめ合ったまま
餓死している姿があった。
それを見た大家さんと近所の人達は絶句して何も言えなかった。
大家さんは泣き崩れた。

「どうして、気付かなったんだ。
 どうして声を掛けてくれなかったんだ。
 生きるすべはあったはずなのに。
 すまない。早く気付いてあげられなくて」

部屋にはモグロ、勇樹、シンリ、そして霊界の有志達が大勢来ていた。
モグロは大家に向かって怒鳴りつけた。現世の人間には聞こえなかったが。

「お前が殺したんだろ。
 追い出そうとしたくせに、なに言ってやがる」

部屋には風車の飾りが置いてあった。なつみが唯一幸せだった
学校時代にもらった記念品である。
突然、それがひとりでに回転しだしたのである。
それを見た大家や近所の人達はびっくりした顔をしながら手を合わせた。

風車を回転させたのはシンリだった。
涙を流しながら必死に念力で回したのである。

部屋のテーブルにはノートと卒業アルバムが大切に置かれていた。
ノートには「引き寄せノート」と書かれていた。
アルバムは、なつみの思い出の学校のものである。
そのアルバムには「少年院」という文字が書かれてあった。

モグロ達は救うことができなかったことに落胆した。
勇樹はうなだれて叫んだ。

「まさか、現代にこんな悲惨な人がいるとは」
「これが現世の現実だよ。
 現世は今でも弱肉強食の修羅場なのさ。
 悲劇や苦難が繰り返されているのが現状さ。
 神様でもどうすることもできない。
 一人の独裁者のために大勢の人達が理由もなく
 苦しめられることだって起きている。
 現世は、まだまだ未熟な世界なのさ」

そこへ赤の局がそっと歩いてきてつぶやいた。

「二人は、もうこの世を去る運命だったのよ。私にはわかっていたわ。
 誰にも救うことなんてできなかったのよ。
 最後にねえ、やさしい誰かが二人を合わせて夢を見させてくれたのよ」
「お局さん、もしかして二人の出会いを仕組んだのはあなたでは?」
「さあね、どこかの誰かでしょうね(笑)
 シンリ、ちょっと言うけど、あんたの術って意外にしょぼいね」

それを聞いてシンリはボカンとした顔をした。

「私の術を邪魔したのは、もしやお局さん?」

その頃、なつみが働いていた職場の食堂ではいつのもように女性達が歓談していた。

「ねえ、いつもこのテーブルの隅で私達と一緒にお昼を食べてたあの変な人、
 最近見なくなったわね」
「そう言えばそうね。どこの人かしらと思ってたけど
 一度、トイレ掃除してるのを見たことがあるわ」
「掃除屋さんだったの?知らなかった」
「あの若さで掃除屋?やっぱりね。みすぼらしかったしね」
「ねえ、あの人、もしかしていつも私達が来るのに合わせて
 わざと同じテーブルに座ってたんじゃない?
 私達の話を聞いてたんじゃない? メモ取ってたし」
「気持ち悪いわね 鳥肌が立つわ」
「やめましょうよ。そんなどうしようもない人のことを考えるの。
 マイナスの未来を引き寄せてしまうわよ」
「そうよ。マイナスしかない人間とは縁を切る、関わらない。
 これが最近の引き寄せブログに書かれている成功法則よ。
 成功のコツは幸福な人、幸福な世界にだけ意識を合わせること。
 不幸な人に意識を合わせると同じような不幸を引き寄せてしまうの」
「そうね。あんな負け組の汚い人のことを考えるのはやめましょう。
 勝ち組やセレブに意識を向けるようにしましょう」

つづく



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