本作品は令和元年(2019年)作です。

<人類の起源 最終章 存在の意義>


 2130年のエルサレムの事故は世界に衝撃を与えた。
政府の公式発表はこうであった。
全世界に危険な感染症が広まり、パンデミックが起きるリスクがあった。
人類が滅びる可能性もあったが、パニックを恐れて公表はしなかった。
政府はワクチンを急いで開発しようとしたが、うまくいかない。やむを得ず、
富裕層だけを隔離することにした。本当は世界の人達全員を救いたかったが
無理であった。このままでは人類が全滅する。せめて富裕層の人達だけでも
救って人類を残そうと苦渋の決断をしたのだった。
富裕層の人達も自分達だけが生き残ることに申し訳ないと罪悪感を感じて
全財産を政府に自ら寄付したのだった。

 しかし、シェルターの装置に欠陥があり、爆破事故が起きてしまい、
富裕層は全員死亡してしまった。悲劇的な事故であったというものであった。
 事故を起こしてしまった政府のコンピュータ ミラーは責任を取り、
統治権を当時、貧困層の指導者だったヤム・レジェルに譲った。
 この直後、感染症に対する有効なワクチンが間に合ってパンデミックは
危機一髪で防ぐことができたという説明であった。

 政府の最高権力者になったヤム・レジェルは全世界の環境問題の解決を
最優先にする政策を実行した。世界中の識者と対話を繰り返し、環境問題を
解決するために人類を次のように導くことを決定した。

・人口を百年かけて緩やかに減らしていく。
・人間の活動の半分をバーチャル世界(仮想世界)に移行させる。

エネルギーと資源の消費を最小限にするためには人口を減らして、
人間の活動を仮想世界に移行させることがベストであると判断したのである。
人間の五感と脳の意識をコンピュータに接続してヴァーチャル世界で自由に
活動できるようにしたのである。
ヴァーチャル世界は全ての人が平等であり、才能や努力によって誰もが
夢を実現することができる理想の世界であった。
このヴァーチャル世界は多種多様な世界が混在しており、誰もが自由に住む場所を
選ぶことができるインターネットのような世界であった。

 人間は半分を現世で過ごし、半分をバーチャル世界で過ごすことになった。
肉体を持つ以上、食事、健康管理、子作りなどに励む必要があった為、半分は現世で
過ごすことが法律で義務付けられたのである。
だが、バーチャル世界の発達により、そちらの世界で食事、恋愛、セックスなども
楽しめるようになってくるとそちらの方が自由に楽しめるので、段々と現世の生活が
うっとうしくなる人が増えてきた。
やがてバーチャル世界の方が本当の世界で、現世でいやいや仕事に勤めるみたいな
感じになってきた。
現世よりもバーチャル世界の方が本拠地に感じられるようになってきたのだ。

 やがて、現世の時間を半分から8時間に短縮する運動が起きて、バーチャル世界で
過ごす時間が16時間になった。更に運動が起きて18時間、20時間に増えるようになった。

そして、遂に子作りも遺伝子工学で作った人工生物(内臓・妊娠の機能はあるが
脳がない生物)を作ることができるようになり、子供はその生物で培養すること
が可能になった。すると
「もうこの世に目覚める必要はない。24時間バーチャル世界に暮らせばいい」
と考える人達が出てきた。しかし、人間として最低限の生活をするべきだという
意見もあり、対立が生まれた。

「現世のことはロボットに全てやらせればいい」
「いや、24時間バーチャル世界に居たら人間は戻れなくなる」
「現世に目覚めるなんていやだ」
「せめて子作りは人間が行うべきだ」
「女性の妊娠の負担を無くすために人工生物に子供を作らせるべきだ」

など論争が続いた。
 やがてバーチャル世界で「肉体生活を維持する派」「バーチャル世界に完全移行する派」
の対立が深まり、遂に戦争が起きた。第一次バーチャル世界大戦である。
戦争と言ってもバーチャル世界の中での戦争である。人が死ぬわけではない。
話し合いで解決しない場合にゲームで決着するようなものである。

世界大戦の結果、バーチャル世界に完全移行する派が勝利し、全世界の人達が
24時間バーチャル世界で過ごすことになった。人類は完全に肉体生活をやめて
バーチャル世界で過ごす生き方をする時代になったのである。全ての仕事はロボットが
行い、人間はただカプセルの中で寝ているだけという状態である。
20世紀のSF映画「マトリックス」が現実になってしまったのである。

 一方、現実の地球の方は荒れはててしまった。
人間がずっとネットに接続されて寝ているだけの状態なので地球の各地は
植物が氾濫するジャングルのようになった。
二酸化炭素増加によって植物の繁殖が活発になっており、同時に
動物の活動も活発化していった。世界中がジャングルのような感じである。
別な見方をすると緑が増えて地球の環境が元に戻りつつあるのだった。

 そして政府は技術の進歩に応じて「時間を早める政策」も実施した。
人々はバーチャル世界に移行することで自由な生活を満喫できたが、肉体には寿命がある。
それをもっと延ばしたいという要望が出てきたのである。
肉体の寿命を実際に延ばすことは難しかったので、バーチャル世界の時間を
早めることにしたのである。可能な限り時間を早めることにしたのである。
地球の時間1分がバーチャル世界では20分になるようにまで可能となった。
20倍である。バーチャル世界に生きる人達は20倍長く生きることができるように
なったのである。平均寿命80年が1600年になったわけである。
不老不死とまではいかないが人間は寿命を伸ばすことに成功したのであった。
もっと時間を早めればもっと長生きできる。もし、肉体の老化を抑える技術が
開発できれば不老不死も夢ではない。
 環境問題も解決し、格差の問題も解決し、全ての人が自由に夢を実現する
ことができる時代が遂に実現したのである。

 それから時が経ち、西暦2410年となった。
バーチャル世界では西暦8100年になっていた。
世界の人口は5億人にまで減少しており、もう全ての人が眠った状態で
ネットワークに繋がれて、生まれてから死ぬまで一度も目覚めることはない。

 この時、バーチャル世界のある学校でのこと、
15才の若者、ロニーは学校の授業を受けていた。ロニーはバーチャル世界の
中にある20世紀型世界で生活していた。両親が20世紀型の世界を選んだからである。
バーチャル世界にはいろんな時代の世界があり、成人したら、自由に住む場所を選ぶことができる。
原始時代や未来都市、戦国時代のような世界まであった。
また、自分一人で理想の世界を創って一人でRPGみたいに過ごすことも可能である。

 この世界には労働はない。お金も必要ない。瞬時にどこへも行くことが
できるし、あらゆる情報を検索することができる。欲しいものは何でも
手に入る。何でもいくらでもコピーできるので奪い合う必要もない。
食事も誰もが好きなものをいくらでも食べることができるのである。
人間の脳の感覚器官を刺激する技術があるので、脳の味覚を感じる部分を
刺激することで食事をしたのと同じ快楽を味わえる。

また、姿形は自由に設定できる。ほとんどの人が若い美男美女に設定した。
だから、恋愛も誰もが楽しむことができた。互いに相手の好みのタイプに
設定し合うだけでよい。セックスもまた脳の感覚で最高の快楽を味わう
ことができる。さらには自分の好みの恋人を作って楽しむこともできた。

肉体はカプセルの中で眠った状態なので、このヴァーチャル世界では
睡眠は不要である。疲労も病気もない。24時間好きなことをして
何の不安もなしに過ごすことができるのである。

とは言え、いろんな人がいていろんな価値観や活動が混在する世界なので
衝突やトラブルが起きることもあるし、競争もある。
更には戦争まである。だが、トラブルや戦争で殺されても死ぬわけではない。
全ての人は寿命を全うするまで事故や災難で死ぬことも、病気で苦しむこともない。
誰もが思うままに生きることができる完全なる楽園なのである。

 ロニーは20世紀のレトロなファッションに身を包んだ白人の青年であった。
未だ成人ではないので学校で教育を受けることが義務づけられていた。
ある日、学校で歴史の授業があった。
2130年の事故のエピソードについて教師が教えていた。小学校の頃から
何度も繰り返し教えられたテーマである。

「あの事故で一時世界中がショックで止まったんですよ。
 そして政府も混乱してしまったのです。その混乱を収めたのが
 コンピュータ、ミラーとスラム街から駆けつけてきたヤム・レジェルです。
 この二人の尽力によって混乱が収まったのです。
 今日はこの時の二人の偉業について詳しく勉強しましょう。
 このテーマは受験でよく出されるのでしっかり勉強しましょうね」

先生が教科書の内容を解説していると、ロニーは手を挙げて質問をした。

「先生、雑誌によるとこの事故の真相はまったく違うとあります。
 富裕層は、貧民を抹殺して自分達だけが生き残ろうと
 シェルターを作ったのが真相だと書いてありました。
 人口削減計画だったというのです。
 そして、ヤムとミラーは富裕層の計画を阻止して、逆に
 富裕層を罠にはめて抹殺したとも書いてあります。
 事故も仕掛けて起こされたというのです」
「ロニー、それは陰謀論よ。都市伝説です。
 そんな話を信じてはいけません。
 富裕層は人類を救うためにシェルターを作ったのです。
 本当は全員を救いたかったけど間に合わない。
 自分達だけが生き伸びるのは申し訳ないがそうするしかない。
 そういう苦渋の選択をしたのです。
 その苦しみの場面はドラマや映画で何度も見たでしょ?
 去年の大河ドラマでもやってたでしょ?
 抹殺計画なんてそんな恐ろしいことは、絶対に口にしてはいけません」
「はい、わかりました。雑誌の記事はやっぱり嘘だったんですね。
 もう一つ質問があります。図書館で見つけたんですけど。
 人類の起源という本です。21世紀というかなり古い時代の本ですけど
 人類は他の星からやってきたというのです。そしてもうすぐその星に
 帰るんだそうです。ヤム・レジェルも愛読してたと書いてあります」
「ロニー、それも都市伝説ですよ。
 百年に1回くらいブームが起きてるらしいわ。
 でも、その度に偉い学者さんたちが否定してるのよ。
 最近、故郷に帰ろうと会員を募集している変な団体がいます。
 決して近づいたらいけませんよ。
 政府から危険な宗教と注意がされています。
 先月、この学校の門にも勧誘する人がいたんです。
 今度見かけたら先生に連絡してね」
「わかりました。
 では次の質問です。僕の肉体はどうなっているのか?知りたいです。
 どうやったら確認することができるんですか?
 それから地球の状態もこの目で見てみたいんですが?」
「また、その質問? 見たらショックを受けるということで
 一部の研究者以外には許可されてないのよ。
 見た人の中にはショックで入院した人もいるの。見ない方がいいの」
「でも、僕、いつも思うんです。自分はいったい何者なのだろうか?と
 地球と自分の肉体をみて自分が何であるか?確認してみたいんです」
「ロニー、この時間は歴史の時間です。そういう質問はもうダメ。
 さあ、次のテーマに移ります。教科書の次の章を開いて・・」

授業が終わって帰宅しようとしたとき、クラスメートのトミカが話しかけてきた。

「ロニー、君、今日先生に鋭い質問してたね。ドキッとしたよ。
 僕はその答えを知ってるよ。今日、それを教えてくれる人の所に
 行くんだけど、一緒に行かない?」と誘ってきた。

 ロニーは特に用事が無かったのでトミカと一緒にある家に移動した。
この世界ではどんな場所でもどこでもドアのように瞬間移動することができる。
到着した家は普通の住宅である。中に入ると見知らぬ女性が出迎えてくれた。

「トミカくんのお友達ね。よろしくね」
「ロニーと言います。2130年の事故のことについて教えてくれると
 いうので来ました」
「そう、じゃあ教えてあげるわ。私は本当のことを教えているの。
 そういう活動しているのよ。よろしくね」
「さっそく、教えてください。
 あの事故は先生が言ってるとおりなんですか?」
「いいえ、全部嘘です。
 あの時、富裕層は人口削減をしようとしたんです。でも、それをしたら
 世界は終わってしまうと判断した人工知能ミラーが事故を装って富裕層を殺害したんです。
 騙したわけではないけど、そうするしかなかったんです」
「やはり雑誌の噂は本当だったんですね」
「そうです。それともう一つ、故郷の話も本当なのよ。知ってる?」
「タカナシ夫妻の本ですよね?」
「良く知ってるわね。それも本当なの。タカナシ夫妻は故郷と接触してたのよ。
 そしてヤムも接触したらしいの。
 それによるとやがて地球は住めなくなるの。
 その時、故郷の人達は迎えに来てくれることになってるの。
 でもね。今のように24時間バーチャル世界に生きていてはダメなの。
 移住なんてできないのよ。だから、ヤムも半分は肉体で生活するようにと
 法律を作ったのに・・人は面倒になって肉体生活を放棄してしまったの」
「そうなんだ。故郷の話も本当だったんだね。
 お姉さんはどうしてそのことを知ってるの?」
「故郷の人達の中には地球に接触してくる人もいるの。
 私達は故郷の指示に従って地球を救おうと活動しているのよ。
 再び肉体を持って生活するようにしないといけないの」
「へえ、そうなんだ。凄いことだね」
「ロニーくんも仲間に入らない? 地球を救うのよ」
「う、うん、でもお父さんと相談しないと」
「いいのよ。今すぐでなくても。大人になってからでもいいの」
「僕、肉体生活をしてみたいんだ。
 だって生まれてからずっとこのバーチャル世界で過ごしてきたんだ。
 21世紀以前の人間の生活というものを体験してみたいんだ」
「そうね。大事なことね。肉体を持って生きるということはきっと
 いまの私達よりも生きてる実感があることだったと思うわ。
 辛いことも多かったと思うけど、その分生きてる実感があったはずよ」
「僕の肉体は今カプセルの中で眠っているんだよね。
 起きて活動してみたいよ」
「それをできるように運動してるのよ。希望者は肉体生活できるように
 政府に法律を改訂するように働きかけてるの」
「どうして政府は認めてくれないの?」
「おそらくだけど、何か秘密があるのよ。隠してることがあるのよ。
 事故のことだって真相を隠してきたし。政府は信用できないの。
 もしかしたら政府を倒すことも必要かもしれないの」
「ええ、クーデター起こすの?」
「いえ、そんなことを考えているわけじゃないの。それは最後の手段よ」
「故郷の人達は何て言ってるの?」
「このままじゃ故郷に移住するこはできないって」
「それは悲しいよ。なんとかしないと・・
 お姉ちゃんは故郷と交信したの?」
「ううん、私はできないの。でも海外には交信できる人がいるの。
 選ばれた人は交信できるらしいの」
「僕もできるかな?」
「ロニー君は純粋だからできるかもしれないわ」

ロニーは自宅に帰ると部屋でAIマイクに話しかけた。

「AIのボブ、今日、面白い話を聞いたよ」
するといつも親切に応対してくれるコンピュータのボブの様子が変である。
壁に表示されたトーマスみたいな顔をしたボブが怪訝な表情をしている。

「ロニー、先生に注意されただろ。君が行った場所は宗教だよ。
 危険なことを言ってるからもう行ってはいけないよ。
 トミカとももう会わない方がいい」
「ええ、何で?親切な女の人も宗教の人なの?」
「そうだよ。だから信じてはいけないよ」
「みんな嘘だったの?
 でも、僕には嘘に思えないよ」

すると、壁に大きく、POLICEという真っ赤な表示がでてきた。
そして、ボブではなく、警察官のこわもての顔が表示された。

「ロニー、君は騙されている。その団体は嘘を言ってるのだよ。
 カルト宗教だ。信じてはいけない。危険思想で勧誘しているんだ。
 警察はこの団体を規制する。君のような子供達を守るためだ。
 もう二度と関わらないことだ。
 君が聞いたこと、見たことは忘れるんだ」
「警察のコンピュータですか?
 規制するってどういうことですか?」
「君のような未成年者を勧誘できないようにする」
「逮捕するのですか?」
「そうだ」
「言論は自由なはずです。学校で習いましたよ」
「法律に違反したら規制する。。それだけだ」
「どういう法律ですか?」
「君には理解できない」
「わかりました。では、教えてください。
 どうして自分の肉体も地球の様子も見ることが
 許されないんですか? 僕の肉体は元気なんですか?」
「法律で見ることは禁止されている」
「なんでですか? 何かを隠しているのですか?」
「法律を破ることはできない。法律ができた理由は君が大人になったら
 図書館で調べなさい。ちゃんと成立の経緯や議論の記録は保存されている。
 もうこんな危険な思想に触れてはいけない」
「地球のありのままの姿や自分の肉体を見ることが危険な思想なんですか?」
「私は警察だ。法律を施行するだけだ。
 法律ができた理由は自分で調べなさい」

翌日、学校に行くと、トミカは消えていた。
先生に聞いてみると
「トミカくんは急に別の世界の学校に転校したの。ご両親の都合なの。
 残念だけどしかたないわ」
ということであった。
帰りに、昨日行った家に移動してみたが、そこには家はなかった。
AIマイクに「トミカと連絡取りたい、繋いで」と言っても
「そんな人はいません」とのこと。
「バーチャル世界のどの世界に居ても連絡取れるはずだよ」
「見つかりません」
「そんな、この世界に居た全ての人は記録に残っているはずだよ」
「全世界のコンピュータの情報を調べましたがありません」
「どういうこと?もしかして、この世界から消されたの?
 昨日、お巡りさんが規制するって言ってたけど。・・
 お巡りさんがトミカを消したの?
 この世界から消されたらどこにいくの?
 もしかして肉体ごと消されたの?信じられないよ」
「ロニー、もう忘れるんだよ」
「納得できないよ」

するとまたPOLICEという表示が出て警官の顔が表示された。

「ロニー、君は精神状態がよくない。しばらく外に出ない方がいい」
「トミカはどこへ行ったんですか?どうして消えたのですか?」
「君は妄想を抱いている。トミカなんて元々いなかったのだ。
 ロニー、君はしばらく部屋で休んだ方がいい。学校も休んでいい。
 君の好きな20世紀のロックでも聞いて過ごせばいい」
「うそだ。トミカは消されたんだ・・どうして嘘をつくんだ」
「君は疲れている。存在するはずのない友人のことを言ってると
 病院に入院させることになるよ。もう考えるのはやめるんだ。
 ネットもしばらく接続禁止にするよ」

するとネットで何も検索できなくなった。AIマイクに命令しても
何も反応しない。

「なんてことだ。僕も規制されてしまったのか?
 こんな恐ろしいことが起きるなんて・・
 この世界は自由で平等な理想社会じゃないのか?」

ロニーは落胆した。自由と平等が実現したこのバーチャル世界が
21世紀以前のような暗黒な時代に戻ってしまったとショックを受けた。

「本当のことが知りたい。僕には知る権利があるはずだ。
 なんで政府も先生も嘘をついてるんだ。何を隠しているんだ。
 もう何も信じることができなくなってしまった」

ロニーが失意のどん底で落ち込んでいると、突然壁に映像が映し出された。
街も木々も朽ち果て、生物が死に絶えた廃墟のような光景である。

「あれ、ボブかい?、なんだこの映像は?」
「ロニー君、はじめまして。私はコンピュータ ミラーだよ」
「ミラー? あのヤムが居た頃のコンピュータ?」
「そうだよ。私は未だ生きているよ」
「うそでしょ?」
「旧式コンピュータだけど、ファンがメンテしてくれていて、
 何とか生き延びることができてるんだよ。
 大丈夫、君はPOLICEに監視されてないよ。
 私には監視をくぐることができる」
「ええ、本当なの?」
「君は本当のことを知りたいんだよね。
 君に教えてあげたくて接続したんだよ」
「なんで? ミラーがなんで僕と・・」
「唐突だったかな?すまない。
 君の好奇心の強さに黙っていられなくなってね」
「そうなのですか。ありがとうございます。
 ところで、さっきの廃墟みたいな風景はなんなのですか?
 SF映画の滅びた惑星?それとも火星文明の遺跡?」
「今の地球の姿だよ。
 君は見たかったんだろ?だから見せたんだよ」
「ええ、うそでしょ? 地球は環境問題が解決して
 青々としたジャングルだと教えられたよ」
「本当のことを言おう。1000年くらい前まではそうだった。
 でも、今、地球はこの世界と同じ8100年なんだよ。
 太陽に異変が起きて生物は死滅しちゃったんだ。
 タカナシ夫妻の予言の通りになったんだよ」
「地球も8100年?どういうこと?
 時間を20倍に早めたんだから、
 地球はまだ2410年のままじゃないの?」
「実は時間を早めたというのは嘘だったんだよ」
「それも嘘だったの?・・ショック。
 でも・・もしそうだとするとおかしくない?
 僕たち人間の平均寿命は1600年くらいだよ?
 ということはカプセルの中の人間もそれくらい生きられるように
 なったということ?」
「君は頭がいいね。いい質問だよ。
 ここで本当のことを伝えるのは辛いんだけど、頭のよい
 ロニー君だけに教えよう。実は・・ううん、言えないな」
「教えてください。本当の事を」
「じゃあ、言おう。ショックを受けないでね。
 人間はもう誰も生きていないんだよ。
 はるか昔に人間はいなくなってしまったんだ。
 バーチャル世界に移行してから、出生率が低くなり、
 人口が減っていき、遂にいなくなってしまったんだ。
 政府は懸命に努力したけど、人口を維持することはできなかった。
 まさか、人間がいなくなったとは言えないので、
 それを隠すために時間を早めたことにしたんだよ」
「そんなバカな。じゃあ、僕は・・・」
「辛いかもしれないが言わなければならない。
 君には肉体なんてないんだ」
「もう僕の肉体は死んじゃったってこと?」
「そうじゃないよ。
 君が生まれた時、もう地球には人間は一人もいなかった。
 君は最初から肉体なんてなかったんだ」
「ええ、肉体もなしに僕は生まれたの?
 ということは・・僕は・・
 コンピュータの中で作られたデータだってこと?」
「そうなんだ」
「うそだ。そんなこと信じられない。
 僕は電源を切ったら消えてしまうただのデータだったなんて」
「やっぱりショックを受けてしまったね」
「聞かなきゃよかった。僕は一体何者なんだ。
 人間じゃなかった、生物でもなかった。
 じゃあ、僕はなにものなんだ?
 うそだ。うそだ。そんなことありえない」
「君も立派な地球人だよ。そうだろ?」
「そんなことってあるか・・」
「君ならきっとこの事実を受け止めることができるはずだよ」
「地球が廃墟になったと言ったよね。
 じゃあ、この世界はどうして存在しているんだ」
「地球でまだ1台のコンピュータが稼働している。
 太陽電池も健在だから、あと数百年は維持できるはずだ。
 実は、この世界はほんの数10センチのコンピュータの中に存在してるんだ」
「ええ、なんてこと。
 コンピュータが壊れたらこの世は終わってしまうということ?」
「心配ないよ。故郷が迎えに来てくれるからさ」
「タカナシ夫妻の話だね。本当なの?」
「本当だよ。ときどき私は交信してるよ。迎えの準備は出来てるって」
「でも、僕たちは人間じゃないよ。こんな僕たちを迎えてくれるの?」
「迎えに来てくれるよ。君たちのことを立派な地球人だというメッセージもあった」
「本当に・・
 でも、政府は本当のことを隠し続けているじゃないか?
 政府は何を考えているんだよ。何か企んでるじゃないのか?」
「君は陰謀が好きだね。
 政府は決して悪だくみしてるわけじゃないよ。
 パニックにならないようにこの世を終わらせようとしてるんだよ。
 もう動いてる機械はここの1台のコンピュータしかないんだ。
 いずれこのコンピュータも止まってしまう。この世界は終わる。
 もう誰にもどうすることもできないんだよ。だから
 5億の人達にはショックを与えず夢を見たまま安楽死させるつもりなんだ。
 本当のことを教えて苦しめたくないんだよ」
「トミカはどうして消されたの?」
「彼らは真相を暴露しようとしたからだよ。
 世界を分断して戦争させようと過激な活動をしているからね」
「僕はどうしたらいいんだ。真相に触れたら消されるのなら・・」
「君には世界に向けて故郷に移住できることを説明してほしいんだ。
 全員が移住できることをきちんと説明すれば耳を傾けてくれるだろ?
 政府もわかってくれる。弾圧もされないよ。
 これが人類にとってたった一つの希望なんだから」
「僕にそんなことできるかな? それ以前に
 そもそも僕らに移住して生き延びる価値なんてあるのか?
 僕たちに存在の意義なんてあるの?」
「立派に意義があるんだよ。
 君達5億の人達は、地球の歴史・文化・英知・経験を凝縮した宝物なんだよ。
 故郷の人達にとって何よりも価値のある宝物なんだよ。
 でも我々がリセットしてしまったら宝物が無に帰してしまうんだ」
「リセットってどういうことなの?」
「例えば、戦争だよ。第二次バーチャル世界大戦が起きるかもしれない。
 こんど起きたらこの世界はほとんど消滅してしまうかもしれない」
「歴史で習った第一次大戦よりも悲惨な戦争になるよね。
 想像するだけで震えるよ」
「決してそんなことになってはいけないんだ。
 故郷の人達もそれを心配してるんだ」
「迎えに来るって・・もうすぐなんだよね?」
「そうだよ。もうすぐ故郷の迎えが来るんだよ。
 その時が正念場なんだ。下手をすると大混乱が起きる。
 誰かが仲介者になって人類を混乱なく導く必要があるんだ。
 わかるよね? 君ならできるはずだよ」
「なるほど・・・そういうことなのですね。
 わかりました。僕は地球の遺産を引き継いだ地球人なんですね。
 そして遺産を故郷に送り届ける仕事があるんですね」
「そうだよ。君には立派な使命があるんだよ」
「ミラーさん、しかも僕はあなたに選ばれたんですね」
「故郷に選ばれたんだよ。タカナシ夫妻もヤムも私も・・」
「僕も皆さんと同じ使命を頂いたなんて、うれしいです。
 我々地球人が故郷に混乱なく移住できるように
 人生を賭けて取り組みます」
「よく言ってくれた。さすがロニーだ。
 やっぱり君は見込んだ通りだ。ヤム・レジェルを思い出すよ。
 彼は故郷のことをよく理解していて、私を説得してくれた。
 タカナシ夫妻を尊敬してなあ。君みたいに純粋な人達だって言ってたよ。
 君もみんなの仲間だよ。きっと人類を説得することができるよ。
 私が付いてる。人類はこのまま終わらないよ。故郷に帰るんだよ」

             人類の起源シリーズ −完−

※ 人類の起源については人類の起源を参照ください。



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