本作品は2019年作です。ホラーです。

<魔界の扉>

 街の外れにちょっと大きめの店がある。洋治のスポーツ店である。
1Fに武具やスポーツ用品を扱った店舗とジムがあり、2Fには自宅がある。

 洋治は20代でありながら、念願の店を開店させることができたのである。
彼は柔道の有段者であり、警備員として働いた経験もある猛者である。
大柄で見るからに強そうな体格をしている。ヤクザも恐れて逃げるほどである。
その為、スポーツ店を営みながら、地元の防犯チームの幹事なども行っていた。
いわば町の危機管理担当という感じである。
 休みの日にはジムで女性や子供向けに護身術やいざと言う時の対処法などを教えており、
町での彼の評判は大変よかった。洋治は元々正義感が強く悪を憎む気持ちが強いので
町の危機管理の担当は天命とも言えるものであった。
洋治は町の人達に頼られることに誇りと喜びを感じるのであった。

 しかし、店の経営はあまり芳しくはない。少子化に加えて大手販売店や
通販の普及によって店にスポーツ用品を買いに来てくれる人は年々減少しており、
他の業種の店と同様に経営の危機に直面していた。また、店を建てるために
安い土地を選んだのだが、どうやらこの土地はいわくつきの場所だったことがわかった。
近所の噂を耳にしてしまった。それによると・・

店があった場所はかつて古ぼけた神社があった場所で
地元の人も気味悪がって避けていた場所だったらしい。
心霊スポットと呼ばれたこともあったらしい。
言い伝えによると昔、謀反があってその首謀者の一族が処刑され、
その祟りを鎮めるために建てた神社だとか。
その他にもこの場所でいろいろ怖い話があるらしいのである。

 そんな土地だったので買い手がおらずたたき売りされていたらしい。
そんな迷信みたいな話は信じない洋治であったが不安に感じることもあった。

「ここに店を建てて早1年・・たしかにいろいろ変なことがあった。
 ときどき、夜中に足音がすることがある。誰もいないはずなのに
 それに夜中にうなされることがある。いつも眼の前に雲のような
 ものが浮かび上がってくる。それが割れて闇が見えてくる。
 そしてそこに人の姿が見えることがある・・
 でも、決まって疲れている時とかお酒を飲んだ時とかだから、
 疲れのせいかもしれない。でも、ここに来る前はそんなことなかったな。
 もしかして、噂の通り、ここは魔界の入口なのだろうか?
 雲は魔界の扉なのか・・まさか、
 雲だけならいいが、この1年間でいろんなトラブルがあった。
 ほとんどはなんとかなったが、あの事件だけは・・
 思い出したくもないあの事件、まさかこの場所の魔界の力が原因
 なのだろうか? あれだけはもう忘れてしまいたい・・」

 夜中に雲が現れる現象の頻度は増えるようになってきた。
いつもうなされて目が覚めて、目の前には雲が現れてくるのである。
この時、洋治は金縛りのような状態で動けないことが多い。
雲はやがて扉が開くように割れて、その奥に底知れない闇の世界が垣間見えてくる。
闇の世界は気味が悪く、何かがうごめいている。まるで地獄のようだ。
ぼんやり人の姿のようなものが見えてくることもある。
だが誰なのかよくわからない。
しばらくすると消えるが体中に悪寒が走る。寒気がするのである。
部屋にお札を貼ってみたが効果なし。一体何なんだ?

ある夜、また雲が現れてきて、今度はいつもよりはっきりと
人の姿が見えてきたのである。
洋治ははっきりとその姿を見た。そして恐怖を感じて思わず叫んでしまった。

「もしかしたら・・あんたか・・許してくれ。お願いだ・・
 そんなつもりはなかったんだ」

雲が消えると洋治は震えていた。

「遂に見えた。魔界の存在が・・
 見えたのは・・俺を恨んでいるあの人だ。違いない。
 きっと、ここは魔界とか地獄とかの入り口なんだ。どうしよう。引っ越しするか?
 いや、引っ越しする先なんてない。ここで耐えるしかない」

 それから数日後、学生時代から付き合いのあるトオルか電話をしてきた。

「洋治よ、また助けて欲しいんだよ。
 あの事件覚えてるだろ?あの時の女が俺を狙っているんだ」
「トオル、何言ってんだ。あの事件って1年前のあれか?」
「そうさ。俺が洋治に助てもらったあの事件だよ。
 今日、脅迫状が入ってたんだ。
 殺すって。あの日の恨みを晴らすって書いてあるんだ」
「おい、その脅迫状見せてみろよ」
「わかった。持っていく。あれ、無くなっている?」
「お前、妄想じゃないのか?前にもそんなことがあったよな?」
「間違いない。あの時の女だ。恨みを晴らそうとしてるんだ。
 殺したはずの女が・・復活したんだ」
「殺した? 死んでなかったはずだろ?
 死体なんて発見されなかったんだろ?」
「いや、死んだはずだ」
「お前の妄想だよ。女は生きてるんだよ。
 女の復讐か?・・映画みたいだな。
 観念して警察に自首しろよ」
「女は間違いなく死んだ。俺は確認した。
 きっと女は蘇って魔物になったんだよ、そういう力を持つ女だったんだ。
 魔物になって俺たちを襲うつもりだ。そうに違いねえ」
「蘇るとか魔物とか・・そんなことあるわけないだろ。
 いい加減にしてくれ、あの事件のことは俺は関係ないんだ。
 もう俺に関わらないでくれ。お前のようなチンピラとは関わりたくないんだ」
「マサヤにも脅迫状が届いたらしい。なあ、俺たちを守ってほしいんだよ」
「バカやろ、俺は忙しいんだ。警察に助けてもらえ」
「サツに言ったら事件がばれちまうだろ。
 洋治も事件を黙っていたから、共犯者になるんだぞ」
「なんだと、俺は関係ない。もう二度と俺に関わるな。
 チンピラが一般人に守ってくれなんて言うんじゃねーよ」

 トオルが言っていたあの事件とは、洋治が思い出したくもない例の事件のことであった。
それは、トオルとマサヤが起こしてしまった事件のことである。
それが起きたのは・・店を開店して間もない頃のことだった・・

1年ほど前のある夜のことだった。
トオルが洋治の店に震えながら駆け込んできた。

「マサヤが・・人を殺しちまった」と興奮して叫んでいた。

話を聞くとトオルとマサヤは女性を拉致して暴行しようとしたが
大声を上げて抵抗されたので殺してしまったというのである。
マサヤは事の重大さに気付いて放心状態らしい。
トオルは「このままでは捕まる」と洋治に助けを求めてきたのである。
洋治には身の毛もよだつような凶悪犯罪である。すぐに警察に通報しようとしたが
トオルは洋治に口止めをした。

「おい、警察になんか言ったらどうなるかわかってるよな。
 もし捕まったら洋治、お前も共犯者にするからな。
 それに、高校時代のあの出来事もバラしてやるぜ」

それを聞いて洋治は通報をやめた。

「俺を脅す気か? お前らは本当にクズだ。
 俺を共犯にする? お前らの証言なんて誰も信じない」
「俺たちは高校時代からの仲よしだろ?
 お前との今までのメールのやりとりも残してあるんだぜ。
 関係ねえなんてサツには通らないんだよ」
「俺はお前らと友達なんかじゃない。
 いいかげんに俺を頼るのはやめてくれ。
 何で俺がこんなことに・・」
「これで最後だから、頼む、助けてくれ」
「俺にどうしろってんだ」
「考えてくれよ。俺はもう頭が回らない」
「どうしたらいいかな・・ 先ずは証拠を消す。
 これから現場に行って死体を確認する、一緒に来るんだ」
「怖くていけねえよ。
 頼むよ。洋治、場所は地図のこの辺りだからさあ。
 死体を何とかして欲しいんだよ」
「ふざけんな。何で俺がそんなことを。
 しかたない、俺が確認してくる。誰かに見つかってたら諦めろよ。
 まずは現場を確認する。証拠が落ちてないか?調べる。
 死体をどうするかはそれからだ。待ってろ」

数時間後、洋治は戻ってきた。
あちこち探した様子が伺える。

「トオル、死体なんてなかったぞ。周辺をくまなく探したが・・
 女性は死んでなかったんだよ」
「いや、マサヤが何度も頭を殴ったんだ。頭が割れて血が流れるのを見た」
「う、なんて酷いことを・・お前らは人間じゃない。
 でも、死体はなかったぞ、生きてたんだよ。
 殺人は犯してないんだ。安心しろ。
 もう警察に駆け込んでるかもしれない。
 お前らは捕まらないように隠れてろ。
 捕まっても俺は関係ないからな、もう俺に関わるんじゃないぞ」

 この事件は洋治には思い出したくもない忌まわしい事件だったのである。
トオルやマサヤとは元々仲が良かったわけではない。
ただ同じ高校に在学していたというだけだった。
ある出来事がきっかけで付き合うことになっただけである。その出来事とは・・

 洋治が高校生だったころ、彼は柔道部の部長で、トオルやマサヤは
悪名高い不良グループに属していた。不良達はいつも問題ばかり起こしており、
正義感の強い洋治は不良グループと対立しており、度々もめていたのだった。

 ある日、高校に他の学校の不良達が殴り込みに来たのだ。
学校の不良達では手に負えないので、洋治が柔道部員を連れて学校を守った。
しかし、洋治は失敗をしてしまったのである。
洋治はついかっとなって相手の不良の一人を過剰に痛めつけてしまった。
それが原因でその不良は後日死亡してしまったのである。
この出来事は正当防衛ということで処理されたが洋治が不良を憎むあまり、
カッとなって過剰に暴力を加えてしまったのが真相である。
それを見ていたのがトオルとマサヤであった。嘘の証言をして洋治を助けてくれた。
以来、二人は洋治になれなれしく接触するようになった。事あるごとに洋治に
恩着せがましく助けを求めるようになったのである。
洋治はこんなゴロツキと関わりたくないのが本音だったが、負い目があったため、
止む無く相手をしていたのである。

 店を開いて独立しても二人は洋治に付きまとい、遂には事件の後始末まで
押し付けてきたわけである。
 店の経営難に加えてこの事件の悪夢が洋治を苦しめることとなった。
「どうして・・」「この場所の祟りだろうか?」「あの二人さえ居なければ・・」
などと悩み込むことが多くなり、いつしか深酒をするようになった。
泥酔するとまた夜中に雲が現れる。
最近では雲からはっきりと人が現れて見えるようになった。
その度、洋治は「ゆるしてくれ、すまなかった」と怯えるのである。

 ある日、トオルがまた店にやってきた。かなり興奮した様子である。
「洋治、大変だ。マサヤが殺された」
「何だって。誰に?」
「わからない。サツは俺が殺したと思って探してるらしい。かくまってくれ。
 仲間から聞いた話じゃ、マサヤはひでえ殺され方だったらしい。
 目玉をくりぬかれて体中メッタ刺しされたらしい。
 犯人はあの女に違いねえ。マサヤは女を見たって言ってたから」
「そんな事件、ニュースでやってなかったぞ」
「俺たちが殺されたってニュースにならねえんだよ。
 半グレ同士の喧嘩だろって誰も興味を抱かねえんだ」
「本当に女が犯人なのか? 女の力でマサヤを殺せるかな?」
「だから、ゾンビか魔物なんだよ。人間じゃないんだ。
 体も倍くらいに大きくなって腕力もあるみたいなんだ。
 次は俺が殺される。助けてほしいんだ」
「そんなものいるわけないだろ。馬鹿だな」
「俺も見たんだ。女を
 女は俺の家の近くに居た。俺をつけまわしてるんだ。
 証拠があるんだ。カメラに収めたんだ。これを見ろよ。
 女が写っているだろ。体のでかいゾンビだろ」
「どれどれ、見せてみろ」

洋治はトオルの携帯をいじって写真を探してみた。

「そんな写真ないじゃないか? どれだよ」
「今開いて見せただろ?」

トオルが携帯をいじってみたが写真は見つからない。

「あれ、どうしたんだ。消えちまった」
「お前、頭がおかしくなってるんじゃないのか?」
「そんなはずはなねえ。不思議だなあ。
 とにかく次は俺が殺される。助けて欲しいんだよ」
「自業自得だろ。俺はしらん。警察に守ってもらえ」
「サツなんて信用できねえ。サツは俺を憎んでる。
 助けてくれるはずがねえ」
「そりゃ、お前の普段の行いが悪いからさ。自分が悪いんだろが。
 なんで俺がお前を守ってやらなきゃならないんだ。
 俺はそれどころじゃないんだ。店が危ないんだよ」

するとトオルは洋治の手をとって見つめた。
「高校時代のあの出来事の恩を忘れたか?」という感じである。

「しかたない。しばらく俺の家に隠れてろ。
 しかし、なんでこんなことに。
 魔物が復讐するなんてあるはずはない。誰かがお前らを狙ってるんだよ。
 あの事件を知ってる人間は誰かいるか?」
「いねえよ。口が裂けても言えない事件だからな。
 マサヤだって同じさ。女以外に考えられない」
「女の父親、恋人ということもありうるぞ」
「かもしれん。洋治、もしそいつがここに来たらどうする?」
「阻止するさ。捕まえてやるよ」
「まさか、サツに渡すんじゃないよな?」
「あ、そうか? 警察に渡したら事件がバレちまうな。
 捕まえたらどうしたらいいんだ?」
「始末してくれよ」
「なんだと、俺に人殺しをしろっていうのか?」
「そうだよ。マサヤを殺した奴だ、許せねえ」
「ふざけんな。俺が殺人なんてするわけないだろ。
 冗談じゃない。
 何でこんなやっかいなことに関わらなきゃならないんだ。
 はやくどこかへ雲隠れしてくれ、ここから消えてくれ。
 俺とはもう縁を切ってくれ。
 お前のような外道は考えただけで虫図が走るんだよ」
「もう後には引けねえんだよ。お前も共犯者なんだよ」
「なんだと・・何で俺が共犯なんだ・・いいかげんにしろ」
と手を挙げたが洋治は抑えた。

 翌日、驚くことに洋治の店に脅迫状が届いているのを発見した。
脅迫状には

「トオル、お前がそこに居ることは分かっている。
 マサヤと同じ目に遭わせるから覚悟しておきな」

と書いてある。これをトオルに見せると恐怖でパニックを起こしてしまった。

「やっぱり、奴は人間じゃない。隠れても無駄だった。
 洋治、助けてくれ、ずっと俺のそばに居てくれ」
「どうしてここが分かったんだ? 何者なんだ?
 でも、俺の自宅には入らせないから心配すんな。
 俺はその魔物と対決してやる。どんな奴か見届けてやる!」

それから、非通知で脅迫電話がかかってきたり、自宅の周辺で女が目撃されたりと
不可解なことが続いた。洋治が不在の時を狙って起きるようである。
まるで家の様子を見透かしたように・・また足音や物音がするらしい。

「もしかしたら相手はこの世のものではないのかも・・」

洋治がふと口にしてしまったところ、それを聞いたトオルは発作を起こしてしまった。
トオルは日に日に精神的におかしくなっていくのがわかった。
遂に、発狂状態になり、大声を上げるようになってきた。
 洋治はしかたないのでトオルを精神病院に入院させることにした。
そこは最も評判の悪い病院である。
患者に薬物投与の実験をしたり家族から金をもらって始末しているという噂もある。

 病院の担当者と洋治は入院の手続きを話し合った。
「洋治さん、あなたがトオルさんの身元引受者ですね」
「トオルには家族はいません。縁を切られたそうです。
 他に身内はいませんので友人の私が身内の代わりになります。
 ぶっちゃけ言うと友達でもありません。
 トオルはこの町で嫌われているチンピラです。
 死んでも誰も悲しみません。私も悲しくもありません。
 トオルがどんな死に方をしても、文句は言いません。
 どのようにでも料理してください。
 もし可能なら始末してください。
 入院費はこれくらいなら上積みします」
「わかりました。入院を許可します」

トオルが入院してから、奇怪なことは起こらなくなった。
平穏な日々が流れてた。しかし、やはり店の経営は芳しくない。
洋治は金策に追われる状況となってしまった。
「やはりこの場所が良くなかったのだろうか?」などと
思いながら、帰宅するとポストには銀行からの手紙が入っていた。
「不渡りにより、取引停止します」と書いてある。
もう商売は続けることができない。店を手放すしかない状況である。

「遂に引導が渡されてしまった」

洋治はなだれ込んでしまった。すぐに浴びるように酒を飲んで紛らした。

酒が回って泥酔状態になってきた。するとなにやら家の中が騒がしい。
物が飛び交ったりしているらしい。
「なんだ、誰かいるのか? 魔物か? それとも幻覚か?」

洋治はぼーっとしていると、また雲のようなものが目の前に現れてきた。
そしてまた、雲が割れて闇の世界が見えてきた。
そこに人が居るのが見える。段々とはっきりとしてきて声まで聞こえてくる。
どうやらもがき苦しんでいる男のようだ。

「助けてくれ、許してくれ、俺は悪くないんだ。
 俺は誘われただけだ。マサヤに誘われただけだったんだ。
 殺したのはマサヤだ。俺は殺す気なんてなかったんだ。
 苦しい〜耐えられなほど苦しい。もう消えたい」

苦しみもがいて叫んでいるのはトオルだった。

「トオルじゃないか?」と洋治が見つめていると突然電話が鳴った。病院からである。
出ると
「洋治さんですね。トオルさんが本日亡くなりました。明日、病院に来てください」
との連絡だった。洋治は
「・・ わかりました。明日伺います」と答えて受話器を切った。

すると今度は別の黒い影が現れてきた。女の姿のように見える。
トオルとマサヤが殺した女であることがすぐに分かった。

「あんたか・・また現れたか・・
 今度は俺を殺しに来たのか?
 俺のことも恨んでいるんだろう?

 本当にすまなかった。許してほしいんだ。
 そんなつもりはなかったんだよ」

すると女の姿はよりはっきりとしてきた。頭は割れていて血で染まっている。
闇の世界から出てきて、こちらに向かっている。
洋治は抱え込んで泣き叫けぶように女に訴えた。

「許してくれ。
 あんたを殺した二人はもう死んだよ。二人とも苦しんで死んだよ。
 だからいいだろう?
 もう俺のことは許してくれ・・
 俺もずっと後悔しているんだ。苦しんだんだ。
 すまなかった。そんなつもりじゃなかったんだ。
 二人はあんたを殺した。俺はすぐに現場に行ったんだ。
 するとあんたの死体があった。本当は警察に通報するべきだったが、
 俺にも火の粉が降りかかる。怖かった。本当に怖かったんだ。
 こんな悪党と俺が仲間だと知られたらこの町に居られなくなる。店も潰れる。
 それだけじゃない。奴らは俺も共犯にして道連れにするに決まっている。
 人生もうおしまいだって、気が動転してしまった。頭が真っ白になったんだ。
 そこであんたには悪いが死体を埋めさせてもらったんだ。
 すまないことしたと思っているんだ。いつか掘り起こしてあげるつもりだったんだ。
 ここに地図があるだろ。これをばら撒くつもりだったんだ。
 きっと誰かがあんたを掘り起こしてくれる。それで勘弁して欲しいんだ。

 俺は、二人に付きまとわれて辛かった。
 極悪非道のやつらがもう我慢できない。
 二人は、また悪いことをするだろう。俺もまた巻き込まれる。
 だから・・
 二人に脅迫状を送ったのはこの俺なんだ。女装して付けまわしたのも俺だ。
 ゾンビの仮装をして脅したのも俺だ。
 そして・・マサヤを殺したのも俺だ。苦しめてやった。
 気の弱いトオルを発狂させてとことん苦しめたのも俺だ。
 あんたへの償いなんだよ。
 だから、俺のことは許してくれ。
 こんな情けない男だが・・どうか許してくれ」

女の霊は近づいてきてにやりと笑った。その表情には怒りはない。
洋治はほっとした。
「許してくれるんだよね」

洋治がほっとしていると女の姿は段々と消えていった。
洋治はうとうと眠りに入っていった。すると再び、雲が現れてきた。
今度は雲の向こうに男の姿が見えててきた。もがき苦しんでいる。
その男はマサヤであった。激しい怒りの表情をしている。

「苦しい、苦しくて耐えられない。
 洋治よ〜よくも俺を殺してくれたな。
 うう、痛い、苦しい・・お前は・・人殺しだ。
 極悪人だ。善人面してんじゃねえよ。
 お前は・・ジキルとハイドだ。お前も地獄へ落ちろ〜」

と激しく罵った。悪魔のような姿をしている。
 
「マサヤか・・お前が悪いんだろ。自業自得だ。
 悪い事ばっかりしてきたから天罰が下ったんだよ。
 お前なんていない方が世の中のためだ。お前には地獄がふさわしい。
 俺も極悪人だと?ジキルハイドだと?・・
 お前なんぞにそんなこといわれたくはないわ。

 でも・・
 考えてみたら、そうかもしれない」
 
洋治は、この時、子供の頃の辛い思い出を思いだした。
警察官になりたいと先生に言って面接した時の先生の冷たい顔を思い出した。
「洋治くんは警察官はやめた方がいいわ」とはっきり言われた。
洋治が去った時、先生は親にひそひそ話をしてるのが聞こえた。

「洋治くんは正義感が強いんだけど。
 悪い事した子に徹底的に暴力をふるってしまうの。
 ちょっと正義感が異常なの。警察官になったら危険だと思うの」

これを聞いた洋治はショックだった。「僕は異常なの?」
また、警備会社に勤めている時のことも思い出した。
上司から叱られた事を思い出した。

「君、また犯人に暴行したね。過剰防衛だよ。
 今回も伏せておくが、今度やったら警察に訴えられるよ。
 君、感情が抑えられないの?映画とは違うんだよ。
 いくら犯罪者でも暴力ふるっていいわけじゃないよ。
 君は現場は向いてない。内勤に異動してもらうよ」

洋治はそう言われて即座に辞表を出して退職したのだった。

「そうかもしれない。
 俺はやっぱり異常なのかもしれない。
 正義の味方に憧れて、正義の人として尊敬されたいとずっと思ってたけど・・・
 本当は悪人なのかもしれない。ジキルとハイドなのかもしれない。
 いや、かもしれないじゃなくて、そうだったんだ。
 俺はもう人を殺してしまったんだ。極悪人だ。
 俺は狂っていたのだ。もうダメだ。店も潰れてしまったし・・
 何もかも絶望だ。死んでしまいたい。死ぬしかない」

と言ってテーブルの上にあるハサミを手にして心臓目掛けて思いっきり刺した。
どっと血が噴き出した。激しい痛みと共に意識がもうろうとしてきた。

「もし、高校の頃のあの出来事、あれさえなかったら、
 こんなことにはならなかったはずだよね?
 俺は間違いなくまともな人生を送ることができたはずだ・・
 そうだよね」

などと考えていると目の前に再び雲が現れた。そして先ほどの女性が再び現れた。
はっきりと姿を現して、洋治に近づいてきた。
そして、やさしい表情をしながら洋治に語り掛けてきた。

「もう、そんなに苦しまないで。
 あなたはとってもいい人。良すぎるくらいいい人。何も悪くないのよ。
 ただ、運が悪かっただけよ。私もあなたも運が悪かっただけ。それだけよ。
 もう何もかも終わったのよね。もう苦しまないで。
 ゆっくり休んでね。
 私の代わりに復讐してくれてありがとう」

「よかった。俺を恨んでないんだね。俺は悪くないんだね。
 それだけで救われるよ」

翌朝、男が死んでるのが発見された。警察は店の経営が破綻したことを
苦にした自殺と断定した。

「間違いなく自殺ですね。でも安らかな顔をしてますね」

 刑事は机の上に謎めいた地図が置いてあることに気付いた。
地図に印が書いてあり、「ここを掘り起こしてください」とメモ書きされている。
「なんだこりゃ、何か大事な物が埋めてあるのかもしれない」

「ところで、俺の記憶じゃあ、この店は最近まで廃墟だったな。
 確か、前の店も主人が自殺したはずだ。
 この辺の人は、この場所を魔界の入り口だとか言ってたな」
「魔界?まさかね」

おわり



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