生きてるだけで価値がある
2023年8月17日
◆PSYRYUのつぶやき 2023/3/31 から抜粋
PSYRYUのつぶやきの有益(と私が思ってる)記事を抜粋しています。
昨日のつぶやきで生きてるだけで価値があると述べましたが、補足したいと思います。
アリについての面白い話があります。
働きアリで実際に仕事をしているのは全体の3割だそうです。
残りの7割は働いてない(正確に言うと自分の食い扶持を確保しているだけ)ということです。
7割という割合ついては諸説あるようですが。
これを聞くと驚いてしまいます。なんと効率が悪いだろうと。
言い方を変えれば無駄が多いのだろうと思ってしまいます。
でもそれは現代人の偏った考え方であり、人間社会の考え方の方が危ないかもしれません。
現代社会では、官庁も企業もギリギリまで無駄を省き、人員も削減して経営しています。
それによって豊かな経済を築いていると言えますが、別な見方をすると脆弱なんです。
例えばギリギリまで人員削減した職場だと一人がもし倒れたり失踪したら大変なことになります。
代わりの人がいなければそれだけで職場は止まってしまいます。
社会全体がこんな状況です。もしなにか大きな異変が起きたら、社会はすぐにストップしてしまいます。
今知られているリスクの一つとして磁気フレアがあります。
もし強力な磁気フレアが襲ってきて電子機器がみんな故障したらどうなりますか?
現代社会の機能が全てとまってしまいます。
我々は効率化、コスパを追及するあまり、脆弱な体質になってしまっているのです。
身の回りを見てもそうです。私も一つ気づいてしまったことがあります。IP電話です。
電話料金を節約するためIP電話に変えたのですが、IP電話は停電時は使えません。
従来の固定電話は停電でも最低限通話はできるように作られていました。
後で気づいて後悔したのですが、私は緊急時はLINEで安否連絡をするつもりなので
いいかなとか思いましたが、携帯電話も緊急時に使えるのかどうか?不安です。
そんな感じです。効率化を求めると脆弱になってしまうわけです。
それに対してアリは予備軍が7割もいるわけです。働いてるアリだけを除去すると
今度は残りのアリが働きだすそうです。
何か異変が起きても生き残れるように7割も予備を準備しているわけなのです。
この7割予備を持っている状況がリスク管理では自然な姿だと思います。
かつて、人間社会も同様に余裕があったと思います。
江戸時代、夏の3か月間くらいはほとんどの人が働いていなかったそうです。
食料さえ確保されていればそれで世の中は成り立っていたのです。
その時代に磁気フレアが襲い掛かろうが、伝染病で大勢の人が亡くなろうが社会システムが
崩壊するほどのことはなかったのです。それは予備が多くあったからです。
中国の古典に「何よりも大事なことは食料を確保すること、それ以外はどうでもいいこと。
政治やら文化やら社会の営みのほとんどはこのどうでもいいことをやってるだけ」
という思想があります。現代ではそこまで極論を述べることはできないのですが、
食料危機への備えは脆弱であるのに、それ以外の事ばかりが重視されている感じはあります。
また、食料を確保すること=生きること と置き換えると
「我々にとって必要なことは生きること。生きることができれば、それ以外のことは重要度が下がる」
「7割の人が予備であっても生きていければ問題はない」と諦観することができると思います。
「もし、自分が社会にとって予備の役割だったとしても価値がある人間である」
と考えることもできます。
私は神仏からはいつもそんな考え方が伝わってきます。
人々は、大谷選手や藤井棋士のような一流の人達、芸能人やセレブばかりを重要視する傾向が
ありますが、神仏がそういう考え方を示したことはありません。
なんとか天皇の祟りが世の中を乱すとかの伝説に対しても
「たった一人の皇族の怒りの方が世の中の人達の人生より大事だというのか?
皇族の魂と庶民の魂の価値や力に違いがあるとでもいうのか?」
と神道系の神様がそんな伝説を否定してきたりします。
もしかしたら、私に関わる神様だけがそういう考え方なのかもしれませんが。
見えない世界からしたら、7割の予備の人達の人生も貴重な人生であり、
3割の成功者が生まれるためには7割の失敗者が必要だったとも言えるわけです。
有益な薬品が生まれるためにはその何十倍もの試行錯誤における失敗が必要です。
成功だけを効率的に生み出すなんて都合のよいことは不可能です。
失敗例も、負け組の人生も、どんな人生も見えない世界からすれば貴重な人生であり、
その教訓は記録されますし、あの世では皆さんがこの世の支援者となり活躍します。
私はそういう風に考えています。