本作品は2021年作です。
<過去を取り消したい>
第一章 100年に一度のビッグチャンス
青井健也はメーカーの工場に勤務するサラリーマンである。
今年60歳を迎えて定年退職をすることになった。
40年以上勤めあげ、会社一筋に貢献したことにより、退職金を2000万円ほど
もらうことができ、青井は退職を機に人生を大きく切り替えようと決意した。
「今まで会社一筋、仕事にあけくれて妻には随分苦労を掛けてしまった。
3人の子供達を妻に任せっきりにしてきたのだ。
これからは妻の為に良い夫になろう。家事を手伝うことにする。
ゴルフは止めて、妻がやりたいと言っていた家庭菜園を一緒にやることにする。
コロナが収まったら、子供達が大好きなカラオケを部屋に引いて
みんなでパーティーを開いてみたい。孫ができたら賑やかになるな」
などと老後の夢を描いていた。しかし、心配なこともある。
次女は未だ大学2年生である。卒業まで学費が掛かる。そして家のローンも残っている。
合わせると1000万ほど必要である。年金受給の65歳までの生活費も必要である。
老後の安心の為には2000万ほど貯金が必要とのことであるから、計算すると1000万ほど足りない。
現在は雇用延長制度があり、働き続けることも可能であるが、長男や長女は
「もう休んで欲しい、母のためにも退職して欲しい。お金は支援するから」と
言ってくれており、60才で退職を決意したのだ。
そうなると、やはりお金のことが気がかりだったのである。長男、長女が支援すると
言ってくれているが、それをあてにするのは心苦しい。
健也の心はいまいち晴れなかった。
ある日、健也が高校時代の友人と久しぶりに会い、思い出話に花を咲かせた。
彼も定年退職したので老後について話がはずんだ。健也がお金の不安を愚痴ると
友人は「俺は大丈夫さ。投資で貯金を1000万増やせたぜ」と自慢げに話したのである。
健也は「本当か? 投資でお金が増えるとか言うけど、信じられない」と答えると
友人は「まあ、投資はあてにできないのが常識だけど、今はチャンスなんだよ。
コロナ禍だっただろ? 感染対策の需要があって投資がダントツで儲かってるんだ。
今だけだよ。こんなチャンスは」
そう言って、パンフレットを見せてくれた。
「みんなで感染対策 これで老後問題も解決!」 と書いてある。
「おい、なんだよこれ?」
「コロナで各業界が打撃受けたの知ってるだろ?
今、感染対策を万全にする空気清浄機が爆発的に売れているんだ。
ただし、性能のよい機械は高いので自営業者とかはちょっと買えないんだ。
そこでレンタルにして普及させようという運動なんだ。出資者がお金を出す
レンタルオーナー契約なんだ。オーナーがレンタル料を頂くというシステムさ。
自営業者を助けるための運動なんだよ。そこいらのマネーゲームとは違うんだ。
人助け運動なんだ。出資者は年利7%が得られるんだよ。
約束通り、俺は配当金をもらったぜ。
5年で貯金が2000万から3000万になったんだ」
「な、7%の配当金。そんな話が本当にあるの?」
「あるんだよ。100万投資すれば年7万もらえる。
配当金も投資に回していけば
10年もすれば投資額は倍になる計算さ」
「すげえー でも、詐欺じゃないよな」
「俺はこれで貯金を殖やしたんだぜ。この通帳が証拠だよ。
もう6年も経ってるけどこの会社は何も問題起きてないよ。
安定して配当が払われている。それにこれ見ろよ。
ここの会長さんは首相の「秋桜(コスモス)を見る会」に呼ばれたんだぜ。
首相からも信頼されている人なんだ。超一流の実業家なんだよ。
現代の渋沢栄一と呼ばれているんだ。
このシステムはノーリスクでハイリターンの画期的なものだと
内外の専門家から絶賛されているんだ。ノーベル賞ものらしい。
決して詐欺なんかじゃないよ」
「そうか、いつもクラス1番だったお前がそう判断したのなら間違いないな。
よし、俺も投資するぞ。 退職金2000万を3000万にする。
そうすれば老後は安泰だ。妻に恩返しできる」
帰宅して妻にこの話を相談すると妻は激怒した。
「そんな上手い話があるわけないでしょ。詐欺よ」
と言ったので喧嘩になってしまった。
「このネットの口コミを見て見ろよ。
専門家達がみんな信頼できるって評価してくれてるぞ。
ほら、専門機関の「投資商品グランプリ」で大賞に選ばれているじゃないか?
検索してもいい評価ばっかり出てくるだろ。これは間違いないよ。
千載一遇のチャンスなんだよ。これを知ってて逃したら馬鹿だよ。
それにここの会長さんは首相の知り合いなんだ。そんな人が詐欺をするわけがない。
投資しなかったら、後でずっと後悔するぞ」
しかし、妻は信用しない。
妻が反対するので、最低額の100万円だけ投資することを許可してもらった。
すると約束通り、3カ月後に配当金2万円が振り込まれたのである。これを使って
妻にレストランの食事をプレゼントしたところ、妻は喜んでくれた。
健也は「じゃあ、1000万投資してもいいよね?」と妻に尋ねたところ
「あなたの熱意には負けたわ。いいわ。
でも、ローンと学費があるので残りの1000万だけは残しておいてね」
と許可してくれたのである。
1000万投資すると、その3か月後、配当金20万円が振り込まれた。
健也はやったー!と躍り上がった。振り込まれた貯金通帳を妻に見せて
「凄いだろ! 働かないで20万も収入が得られたんだ」
と言うと妻はにっこり笑ってくれた。
健也にとって、配当金の入金は麻薬のような快感であった。
この時健也の頭の中はお金のことだけになり、正常な感覚を失っていた。
「お金を投資するだけでどんどん増えていく。
こんな愉快なことがあるだろうか?
だったら、もっともっと投資しないと損だ」
と焦るような気持ちになり、残りの退職金を手元に持ってることが
もったいたなくてイライラするようになってきた。ある日、遂に健也は妻に
「残りの1000万も投資する。遊ばせてたら損だ」と言って説得し始めた。
妻は不安な顔をして反対した。
「あなた、ローンはどうするの?娘の学費は?払えなくなるじゃない」
「お前の兄さんに借りて欲しいんだ。あの人は利子を払えば貸してくれる人だろ?
1、2%利子を出してやればいいんだよ。こっちは7%も出るんだからな。
十分利益が得られるよ。
いいか、お金を銀行に置いてても利子なんてゼロに等しいんだ。
資産は投資して増やす。これが現代の常識」
妻は反対したが、健也は強引に投資に回してしまった。
貯金や資産の全てをかき集めて投資してしまったことになる。
「早く財産を3000万にして安泰の老後を手に入れる。
まてよ。3000万で終わらせることはない。
4000万、5000万といくらでも増やせるじゃないか?」
健也はお金を増やすことだけしか見えなくなっていった。マネー中毒である。
遂に、妻から厳しく禁じられていた手段を使うことも決意する。
それは他の人に紹介して謝礼金を手にすることである。
この投資を誰か一人に紹介すると3万円謝礼がもらえるのである。
健也は親戚、友人などあらゆる知り合いに投資を勧め始めたのである。
安全志向で生真面目な健也が真剣にすすめるので兄弟や友人は信用してくれて、
何人もの人が健也と同様に投資を始めた。
健也は妻の親戚や友人にも投資を勧めようとしたところ、妻は激しく反対した。
「私の知り合いに勧誘しないで」と嫌がったが、健也は紹介で得た数十万円の
札束を手にして見せたところ、妻はしぶしぶ了承した。
そうやって健也は毎日、知り合いや近所の人などに投資の勧誘をして回るようになったの
である。まるで営業マンのようであった。
成功すると3万円がもらえる。ワクワクする小遣い稼ぎである。
「これが俺の今の仕事さ。やりがいのある仕事だ。
いくらでも稼げるし、みんなが豊かになる。
そして自営業者を助けているんだ。
これこそが俺の天職だな」
加えて何もしなくても配当金は入ってくる。入金を確認する度に宝を掘り起こした
かのような快感に酔いしれた。
健也は夢の中に居るかのような日々を過ごすことになった。
「俺は100年に一度のビッグチャンスに遭遇したんだ。
金の生る木を手に入れたのさ。やったぜ!
真面目に生きてきたから、天がご褒美をくれたんだ」
第二章 奈落の底へ
そんな夢の日々を送っていた健也だが、ある時、通帳記入をしたところ、
3か月ごとに支払われる配当金が入金されていないことに気付いた。
おかしいと思い、会社に電話したが繋がらない。いくら電話しても繋がらない。
HPの問い合わせフォーム、メールなどで問い合わせしたが音沙汰なし。
そして何日経っても、1カ月待っても配当金は入金されないし、連絡もない。
HPを見ても何もアナウンスはない。更新もされていない。
「どういうことだ。何があったんだ。まさか破綻。
大丈夫だ。そんなことはない。
何かの手違いで入金が遅れているだけだ」
健也にじわじわと不安が迫ってきた。
「倒産、夜逃げ、いや、そんなことは絶対ない。
必ず入金される。首相の知人なんだから間違いない」
そして・・・ある日、ニュースで見てしまった。衝撃の事実を!
”CMなどで有名になった「みんなで感染対策」
を謳う投資会社が経営破綻しました。
自転車操業をしていたものと見られています。
老後の資金に不安を持つ、投資に不慣れな中高年層をターゲットに
していたと見られています。高い配当を売りにしていましたが、
集めた資金の運用はほとんどされていなかったと見られています。
TV CMやネットの口コミ情報も巧妙に利用していました。
会長を含む経営陣は現在行方不明です。集めた資金も所在不明です。
金融庁は詐欺の疑いも視野に入れて警察と合同で捜査をしています。”
健也は、ニュースを見て蒼白になって何も考えられなくなった。
「と、投資したお金はどうなるんだ」
妻は泣きじゃくっていた。
「お金が戻ってくるわけないじゃない。詐欺だったのよ。
だから、ダメだって私が反対したのよ。
同じような事件を今まで何度も見てきたでしょ?
どうしてこんなのにひっかかったのよ。
ローンはどうするのよ。娘の学費はどうするのよ」
健也はうなだれてしまった。
「全てを失ってしまった。
退職金も、貯金も、家も、娘の学費も、何もかも」
健也が絶望で寝込んでいると家に大勢の人が怒鳴り込んできた。
健也が強引に勧誘した人達である。親戚、近所の人、友人などである。
「てめえー、こんな詐欺を勧めやがって!
お前のせいで貯金を失ったじゃないか?
どうしてくれるんだ。
損したお金、全額返してくれ!!」
毎日、怒りの電話や怒鳴り込みが相次ぎ、いたたまれない。
親戚や友人など親しかった人達が鬼のような形相で「金を返せ」と責めたててくる。
まさに修羅場である。これが毎日続くと、もう耐えられない。
健也は家を飛び出してネットカフェに隠れて過ごすしかなかった。
何をするでもなく一日中後悔に明け暮れるだけである。枯れるほど涙を流した。
一月近く経ち、もう手持ちの金が尽きてくると、カフェを出て公園に行き、
公衆電話から自宅に電話を掛けた。
気持ちが落ち着いてきたので妻のことが心配になったからである。
電話を掛けると妻が出たが、いきなり怒鳴り声で対応された。
「あんた、どこに行ってたんだよ。私を置いて逃げやがって!
もうあんたとは離婚するわ。子供達も逃げたあんたを憎んでるわ。
早く来て離婚届に印を押してね。
離婚したらもう二度とあんたとは会わないからね。
私のことは心配ないよ。
太司(長男)が自宅のローンの支払いを肩代わりしてくれることになったわ。
自宅の名義を太司に変えさせてもらうわよ。文句ないでしょ?
太司夫婦と一緒に暮らすわ。でも、あなたは来ないでね。
どこかで一人みじめに暮らしなさいね。
麗奈(次女)は薬科大学を退学することになったわ。
薬剤師になる夢を諦めたのよ。あなたのせいよ。
あなたは娘の人生まで狂わせたのよ。よく覚えておきなさい」
健也はそれを聞いて安堵どころか、
絶望の淵に更に深く落とされることになってしまったのである。
「あの時、投資話の誘いを断っていたら、幸せに過ごせたのに
ちょっと欲を出したばっかりに全てを失った。
40年も働いて築いた全てが水の泡に」
「ああ、過去のあの過ちを取り消したい。取り消ししたい。
もう、死ぬしかない」
健也は「あの過ちを取り消したい」とそれだけをお経のように唱えながら、
行く宛てもなく街をふらついていた。
酒を飲んで紛らしたいが酒を買う金さえもない。地獄である。
第三章 不思議な実験
そんな健也に、一枚の張り紙が目に入った。大学の塀に貼ってある張り紙である。
「あなたの過去を変える実験に協力してください」
という大学の治験の募集の広告だった。
「過去を変えるだって? ドラえもんの世界じゃないか?
バカバカしい」
と思ったが「協力すればお金を払います」と書いてある。
「お金がもらえれば酒場で酒とつまみくらいは買える。
死ぬ前にお酒を飲んで酔ってみたい」
と参加することにした。
「もしかしたら過去を変えることができるかも? まさかね」
と一分の期待も抱いての参加であった。
大学に入り、その研究室に行くと、研究員のような男が対応してくれた。
「よく応募してくださいました。あなたが初めてです。
実験は簡単なものです。薬物を投与します。副作用について説明します」
「俺はもうすぐ死ぬつもりだ。副作用なんてどうでもいい。
終わったらすぐお金をくれるんだよな?」
「死ぬ? そんな、、、
お辛いことがあったのですね。その過去を変えてあげますよ」
「俺の過去はなあ・・・」
と身の上話をし始めると、研究員は慌てて健也の口を止めた。
「い、言わないでください。言ったら変えられなくなります。
これから、AIと脳を接続します。AIから質問があったら答えてください」
「言ったら変えられない? 変な話だ。本当に過去を変えられるのか?」
「変えられます。今から実験の概要を説明します。
この実験は量子力学の最先端の理論に基づく実験なのです。
量子力学の観測者効果やシュレーディンガーの猫という言葉をご存じですか?」
「知らないよ。そんな難しい言葉」
「そうでしょうね。くだけて説明すると、この世の現象は観測者であるあなたが
認識することで存在するんです。観測しなければこの世は存在もしない。
観測、すなわち認識したことでこの世は初めて存在するのです。
そして最新の理論ではあなたの過去もあなたの認識、つまり記憶によって
初めて存在していることになるのです。
その記憶を変えれば過去も変わるというのが最先端の理論なのです」
「なんだって? 記憶を変えれば過去も変わる?
じゃあ、記憶喪失とか記憶違いで過去も変わるのかい?」
「いや、記憶喪失は記憶が思い出せなくなっただけです。
思い違いや脳の障害も同様で記憶の書き替えではないです。
そうではなく、深層記憶まで塗り替えてしまうことで過去も変わるのです」
「なんか信じられないことばっかり言ってるな。まるで漫画の世界だ。
それに記憶を変えるなんてできるのかよ」
「信じられないのはごもっともです。でもそれが現代の量子力学の理論なのです。
記憶の書き替えについてはAIとの対話、そして特殊な薬物によって我々が可能にしました。
ただし、注意点があります。
あなたの過去を我々、実験の当事者(つまり観測者)が知ってしまったら
過去は変わりません。人間の意識が認識した瞬間に過去も現実となってしまいます。
でも、AIは人間ではないから、知っても問題ありません」
「なんだかよくわからないな。
とにかく俺は実験が終わったらお金をもらって
酒を飲んであの世に行く。それだけだ。
過去を変えるなんておとぎ話なんて信じられないね。でも本当だったら・・
うれしいよ。1%くらいは信じてあげるよ」
「ありがとうございます。あなたの忌まわしい過去を変えてあげますよ」
では準備します。1時間ほどここでお休みしてください。
研究員はなにやらごそごそ変な機械の準備をしている。助手やアシスタントの
ような人が何人も現れてごそごそ何かをしている。
そして、健也の頭にヘッドギアが装着されて、マイクとイヤホンが設置された。
音楽が流れてうとうとしている時に研究員が健也に薬物を注射した。その数分後
意識がもうろうとしてきて夢心地になった。すると部屋から誰もいなくなり、
扉が閉められた。しばらくするとイヤホンから何やら声がしてきたのである。
「あなたの取り消したい過去の出来事は何ですか?」と質問がされた。
AIが質問してきたのである。健也はすぐに
「投資詐欺にひっかかったこと。それを取り消ししたい。
友人に勧誘されたときに、きっぱりと断ればよかった。
過去をそのように変えて欲しい」
と答えたのである。それからいつの間にか健也は眠ってしまった。
「青井さん、起きてください」
という声がして健也は目を覚ました。
研究員はにこやかな顔で健也に話しかけた。
助手がカメラを持って撮影している。被験者の様子を記録するためである。
「どうですか? 気分は?」
「俺は何をしてたんだ。
そうだ、過去を変える実験をしてたんだ。
過去は変わったのか? 何も変わってないじゃないか?
おれは一文無しになった。行く当てもない」
これを聞いて研究員は青ざめた。
「な、何も変わってないですか?」
「くそっ、期待させやがって・・・
ただのインチキ実験じゃないか?
何が量子力学だ。
協力したんだから、ちゃんとお金をくれるよな?」
「は、はい、謝礼をお渡しします」
「その金で酒飲んで死んでやる」
そう言って健也は出ていった。
研究員は実験が失敗したことを知りガクリと落ち込んでしまった。
「なんてことだ。失敗だった。あの人を救うことはできなかった。
そればかりではない。あの人がもし自殺したら、我々の責任になって
しまうかもしれない。我々の実験が原因で自殺したとニュースになったら・・・
大変だ。警察に言って自殺を止めてもらうか」
研究員が慌てていると助手の一人が深刻な面持ちで告白をしだした。
「あのう、もしかして僕がしたことで失敗したのでは?」
「お前、何したんだ」
「僕、過去を変えてしまったら何が変わったのか確認できなくなると
思って、先生がここを離れた時にあの人に質問したんです。
あなたの消したい過去って何ですか?って
そしたら投資詐欺にあって全財産失って、離婚させられたって
教えてくれたんです。それをこのノートに記載して残したんです」
「ばかやろう、言っただろ、俺たち観測者が過去を知ったら、変えることは
できなくなるって、おまえ聞いてなかったのか?」
「ごめんなさい、よく理解できなくて」
「この実験は失敗だ。もうダメだ。あの人が自殺してマスコミが騒ぎ出す。
私はマッドサイエンティストとして大学からも世間からも抹殺される。
お前もタダじゃすませないからな。覚悟してろよ」
第四話 再実験
助手は研究員が激しく怒ったことでふさぎ込んでしまった。
研究員は「何とかしなければ」と思案を巡らせた。
その時、ふと、いいアイデアがひらめいた。
「そうだ、私とお前の記憶を変えればいいんだ。
すぐに私と一緒に実験をするんだ。
そしてお前の過ちを取り消すんだ。
これしか我々に救いはない。気合い入れろよ!」
すぐに二人に機械が設置され、健也と同様の実験が二人に実施された。
「誤って被験者の過去を聞いてしまった失敗を取り消しする」と決意して。
二人は投薬とAIと対話をしながら、眠りについた。
しばらくして、二人共、おもむろに目を覚ました。
研究員は助手に話しかけた。
「いい目覚めだ。気分がいい。
あれ、なんで我々が実験してるのかな?」
「失敗した事を取り消すとメモに書いてあります。
先生、我々は何を取り消したんでしょうか?
何か失敗したんでしたっけ?」
「ううん、なんだったっけ? 思い出せないな。
もしかして今日実験した人に関係したことかな」
「かもしれませんね。でも、実験は成功したはずですよ。
何にも失敗なんてなかったはずですが?」
「そうだよな。青井さんという人は喜んで帰って行ったはずだしな」
「実験直後に撮影した動画をもう一度見てみましょう。
何かわかるかもしれないです」
助手はTVにカメラを接続して健也の実験直後の動画を再生した。
TV画面に健也が目を覚ました時の様子が映し出された。
「青井さん、目を覚ましてください」
「あれ、ここはどこだ? 何でおれはここに居るんだ」
「あなたは我々の実験に参加してくれたのですよ」
「実験? 何の?」
「脳の記憶を変える実験ですよ?」
「そうだったなあ 何の記憶を変える実験だったっけ?」
「青井さんが消したい記憶を消したんですよ」
「消したい記憶、何かな? 息子と野球のことで喧嘩したことかな
あいつは俺の嫌いな巨人のファンだからな、いつも喧嘩になる」
「それだけですか? ならよかったです」
「悪いけど、何も記憶は変わってないよ」
「ご気分はどうです。これからどうしますか?」
「問題ないよ。この後自宅に帰るよ。家内が待ってるから。
今度、家族で集まってカラオケパーティーする約束したから
準備しなくちゃ」
「それはよかったですね」
「お陰様で退職してから、毎日のんびり過ごしてます。
少しは世の中のためになることをしたいと思って実験に参加しました。
こんなみすぼらしい恰好してるのも、路上生活者の気持ちを
学ぶためにしばらくの間ネットカフェに泊まってみたんです。
ちょっと冒険したんですよ。バカですよね?」
「いや、幸せそうで何よりです。
謝礼を振込ますので帰宅したらお電話で口座を教えてください」
「お金をくれるんですか? それはラッキーです」
健也が帰宅した1時間後、電話があり、口座を伝えてきており、
受話器の向こうから家族の笑い声も聞こえた事が報告書に書いてある。
動画を見た研究員は再度成功の喜びをかみしめた。
「そうそう、今日実験が成功したんだよ。
最初の一回目で成功したんだ。
記憶を書き換えられたことも成功だが、
過去も現在も変えることに成功したんだ。歴史に残る成果だよ。
あの青井という人は何か深刻な過去を背負った人のはずだ。
そういう人だけを被験者にしたはずだからな。
それが実験後に幸せそうな人になったんだからな。
間違いなく大成功だよ。うれしいね」
これに対して助手はちょっと不満そうな顔でつぶやいた。
「本当に青井さんという人は不幸な人だったんでしょうか?
おそらく成功したのだと思いますが、この実験は、
変わった瞬間に過去と現在の全てが更新されるので
検証ができないです。実験が成功した証拠が何も得られないですね。
この研究結果を発表しても誰も信じてくれないのでは?」
「とにかく、成功したんだよ。
幸せな人が応募するわけがない。人助けしたんだよ。喜べよ」
「ところで先生と私が取り消した失敗って何だったか思い出せましたか?」
「多分、お前がよくやるチョンボだろ。お前はいつもドジ踏むからな。
大したことじゃないよ。きっと」
おわり
(注)…もしかしたら、過去は変化しているのかもしれない。
しかし、過去が変化したことを人間は知ることができない。
過去が変化した瞬間に現在も記憶も全て変わってしまうからである。
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