<真理の華>
智也はIT企業に勤めるサラリーマンである。
入社して5年になるがいまいちぱっとしない。
ベンチャー企業を起こして活躍することを夢見てIT企業に入社したが、
数年で開発部門から外されて客先クレームの対応係になってしまった。
「おれには才能がない。ほとんど成果を上げることができなかった。
考えてみれば子供の頃から何をしてもパッとしない。成績も中、部活でも
目立たず・・。中の高校、中の大学を卒業。特に経歴に変わった点がない
仕事がなくて悩んでる人に比べたら贅沢な悩みかもしれないが、俺は何をしても
普通。見た目も性格も普通。グレたことも問題を起こしたこともない。
個性的な特技も趣味もない。普通すぎる。
これからも普通に仕事して普通に結婚して普通のつまらない人生を送るんだろうな」
智也はいつも自分が特に目立つ事がないことに悩んでいた。
「いや、何か自分には人にない使命があるはずだ」と考えたが答えは見つからない。
何か変わったことを実行する度胸もない。
そんなある日、飲み会の帰りに商店街を通った時のことである。
行商の人が花を売っていた。
ふとその中に心惹かれる鉢があった。
ダリアのような鮮やかな花がいくつも咲いている鉢である。
行商のおじさんが智也の様子に気づいて声を掛けてきた。
「お客さん、この花が気に入りましたかい?」
「この花は真理の華と言ってアマゾンの奥地で最近発見された新種の花なんですよ」
「真理の華? 宗教みたいだな」
「この花は不思議なんですよ。持ち主に話しかけてたり、幸せになる道を説いたり
するらしいです。アマゾンの部族が大切に育ててきたんです。
何でも真理が詰まっている華ということで重宝されていたらしいです」
「話しかける? バカバカしい。でも、綺麗だなこの花」
「この花は年中咲いてるんですよ。日に当てなくても眺めていれば育ちます」
智也は店主がデタラメを言ってるのだろうと思ったが何故かこの花に惹かれたので買うことにした。
自宅に帰って部屋に飾ると不思議な雰囲気が漂い、智也を和ませた。
ネットで「真理の華」を検索してみるといくつか出てきた。
それを読むと確かに店主の言うことは事実のようであった。
アマゾンの住人が神様のように大切にしていたらしい。
また、この花を買った人達の体験談もいくつかネットに掲載されていた。
「話しかけて慰めてくれた」「自分の才能を教えてもらった」など・・
智也は「へえ、本当かいな? 本当だったらいいなあ」とワクワクした。
しかし、ネットには「この花は悪魔と繋がっている。危険である」という意見もあった。
智也は毎日この花を眺めた。眺めても花は話しかけてはくれなかった。
しかし、何とも言えない癒しを感じた。
「これが癒し系というやつか? それだけでも価値があるな」
智也は良い買い物をした気分であった。
不思議なことに智也が眺めれば眺めるほど花は成長していった。
そして日に当てなくても成長するのは本当だった。
「不思議な花だな。本当に話しかけて来るかもしれない。まさかな」
「おい、話が出来るなら答えてくれ」
しかし、花は黙ったまま・・
智也が諦めて寝ようとした時であった。
花から突然声が聞こえてきた。女性の声であった。
「智也さん、はじめましてビロスB59です」
「話しかけてきた〜!!」
智也はビックリして転倒してしまった。
「本当か?」
花は答えた。「本当です。信じてください」
かくして智也と花の会話が始まった。
智也:「嘘みたいだな。お前喋れるんだ」
花:「誰にでも話しかけるわけではないです。私は生まれた時から智也さん
あなたと出会って話をすることが決まっていました」
智也:「何だって、俺がお前を買ったことは予め決まっていたというのか?」
花:「そうです。全て宇宙の仕組で決まっていたことです。」
智也:「不思議な事ってあるんだなあ。ところでビロスB59ってなんの記号?」
花:「私の名前です。私は花というより知性を持った生命体です。
はるか遠い星ビロスから来たのです」
智也:「なんかアニメの世界みたいだな。お前は宇宙人ということか?」
花:「あなたにだけ打ち明けます。アマゾンの花というのは嘘です。
我々は遠い星で植物から進化した知的生命体なのです。
この地球の食糧危機・水不足危機を救う為に大挙してやってきました。
ところがアメリカ政府・日本政府によって収監されてしまいました。
食料や水は大きな利権があるためです。
我々が地球を救ってしまっては困る人達がいるのです」
智也:「本当かよ? 映画の世界みたいでワクワクするなあ」
花:「本当なんです。助けて欲しいのです。我々は植物から進化した生命体なので
ほんの一握りの個体だけですが、他の植物に寄生することができるのです。
私もその一人でこの花に寄生することができました。あなたが買ってくれる
のを待っていました」
智也:「何で? 俺に何ができるというの? こんな凡人に」
花:「あなたは凡人ではありません。私の星の生命体の生まれ変わりです」
智也:「生まれ変わりだって? 頭が混乱してきた」
花:「あなたは凡人だと思ってるかもしれません。それは使命を果たすために
目立たないようになっているのです。本当は凄腕の工作員なのですよ」
智也:「ええ、そりゃ驚きだ」
花:「あなたが今までしてきた仕事は全て使命の為だったのです」
智也:「使命って、何をすればいいの?」
花:「私の仲間を収監されてる倉庫から解放して欲しいのです。
それだけでよいのです。解放したらそれをネットの映像で配信して欲しいのです。
そうすれば世界の人達が陰謀に気づきます。世界が救われるのです」
智也にビビと電気が走ったような感じだった。自分は平凡過ぎる人間だと思っていたが
本当は地球を救う使命があったのだということに気づいたからである。
身体中に震えが走った。「そうだったのか?俺は他の惑星の工作員・・フフフ」
智也にとって人生観がガラリと変わった感激であった。
しかし、ふとネットの情報を思い出した。「真理の華は悪魔と繋がっている」
もしかしたらこれは悪の誘惑かもしれない・・そう考えると不安がよぎった。
花に聞いてみた。
智也:「ネットには真理の華は悪魔と繋がっているという意見もあるけど」
花:「それこそ政府の陰謀です。政府も私達の活動に気づき始めています。
政府に気付かれたら私もあなたも消されます。急ぐのです」
智也:「そんなこと言われても仕事が忙しい時期だしなあ」
花:「仕事どころではないのです。今にも地球は温暖化で破滅しそうなのです。
そうなっては元も子もないのです。仕事などより地球を救ってください」
智也:「わかった。では、監禁されてる場所を教えてくれ」
花:「私の仲間が監禁されているのはこの花が作られている畑の横にある倉庫です」
智也が花に付いてる札の住所をネット検索すると衛星写真で小屋があるのが見えた。
智也:「こんなしょぼい小屋に本当に監禁されているの?」
花:「そうです。見つからないようにわざと小屋に閉じ込めているのです」
智也:「小屋の近くにこの花畑の事務所があるなあ。警備員もいるみたいだ」
花:「警備を破って小屋の鍵を開けてください。そして政府が来るまでに
我々を映像に収めてネット配信するのです。世界中にです」
智也:「おれもIT企業の一員だから映像を配信することくらいはできる。
でも、警備を破ることはできないよ」
花:「銃を準備してください。裏サイトに詳しいでしょう」
智也:「銃の準備は日本じゃ無理だよ・・いや、でも3Dプリンターで作れるかも?
俺の腕試しというところだな。そうか、その為に俺はIT企業に入ったわけか?」
この日以来、智也は会社の出勤をすっぽかして花と対話を続けた。
ネットで3Dプリンタの情報を集めて武器を作ることに熱中した。
ついでに小屋を爆破する爆弾の準備もした。
今まで無断欠勤などしたことが無い智也が、会社をすっぽかして夢中になっていた。
人類の為に戦うという自分の姿に酔いしれていた・・
経験したことがないワクワク感で満たされていた。
「監禁されている生命体はどんな姿しているんだろうか? 楽しみだな」
しかし、時々不安もよぎった。
「この花の言ってることは信用できるのだろうか?悪魔の誘惑なのでは?」
「小屋を襲撃するなんてテロではないのか?」
「いや、俺はテロリストなんかじゃない。正義の味方なんだ」
「人類を救うためなら、警備員の犠牲はやむを得ない」
いろいろな想いがよぎったが智也は花に導かれて襲撃の準備を進めていた。
遂に実行のXデーまで設定することができた。「準備万端!あとは実行のみ」
3Dプリンターで作った模造銃を手に、まるで映画の主人公になったような気分であった。
おわり
(注)智也が買った花の正体は宇宙人でも悪魔の使いでもなかった。
人間の妄想を膨らませてそのエネルギーを栄養分としているだけの植物であった。
人間は妄想を糧としている生き物である。妄想は真理や希望、時に悪魔の誘惑になる。