<アリとキリギリス>

ある小学校でのこと、先生がアリとキリギリスの話をしていた。
アリがせっせと冬の食糧を貯えている間にキリギリスは遊んでいた為に冬に死んでしまう 例の童話であった。
この話についてクラスの子供達は様々な意見を述べた。
その中でおかしな意見を述べた子が二人居た。
征男と浩幸であった。
征男は言った「キリギリスは馬鹿だと思います。
僕がキリギリスだったらアリをみんな殺して食べ物を奪ってやるのに。」

浩幸も不可解な意見を述べた。
「僕はこの話はおかしいと思います。アリは生まれつき働くように造られていると思います。
冬に備えて食糧を集めたのも生まれつきそうするように造られていただけだと思います。
だからアリは偉いわけでもないし、努力したわけでもないと思います。」
この二人の意見に先生は困惑した。

20年後、浩幸は大学の研究員であった。
人間の快楽を研究していた。浩幸にはある目的があった。
それは人間の快楽はコントロールできることを使って人生を楽しくすることであった。
勉強や仕事をすることが食事やスポーツの様に快楽に感じられれば、 人間は毎日が楽しくなるはずと考えていた。
浩幸は手始めにマインドコントロールを 研究していた。
浩幸は、日本中を震撼させたカルト教団”青梅真理教”のマインドコントロールの方法を研究中、
恐るべき発見をした。
仲間にこのことを話した。
「青梅真理教はテープを繰り返し聞く暗示法を用いたが、この時松果腺にある振動数の電磁波を
与えて下意識状態にすると効果が数十倍になることがわかった。
習慣や快楽パターンが崩壊して、テープ暗示の内容が下意識に焼き付けられるんだ。
実は仕事に嫌気がしていた友人に試してみたが何と一回の実験で、 仕事大好き人間に変わってしまった。
仕事することが本能のようになったんだ。
まるで生まれつき働くように出来てるアリのように..。
僕が思うに習慣や快楽は脳を超えたもっと大きな生命力とでも言うような知性がかかわってい る様な気がするんだ。
この研究は近く発表しようと思う。」

ある日、浩幸が研究室にいると突然数人の男達が入ってきて浩幸を押さえつけた。
「な、何だ、お前たちは。」
浩幸が叫んでいると、ボス  のような男が入ってきた。
男は話し掛けた。
「久しぶりだな。浩幸、俺だ。征男だ。お前は凄いものを発明したらしいな。
俺達と一緒に研究しないか。
実は俺は秘密結社フリーメロンのメンバーなんだ。
世界征服を計画しているんだが、
お前の研究が必要なんだ。
何でも人間をアリの様にしてしまうことができるらしいな。
世界中の人間がおれたちの為にアリみたいに働いてくれれば言うことはないな。」

「ば、ばかな、私の研究はそんなことの為じゃない。
 は、はなせ。おーい誰か、警察を呼んでくれ。」
「無駄だ。ここの人間はみんな俺達の味方だ。お前を除 いてな。
先ず手始めにお前にアリになってもらおうか。」

  研究室の仲間達がやってきて、浩幸が造った機械に浩幸を掛けた。
浩幸にはヘッドホンが掛けられ、頭には電磁波の装置が掛けられた。
電源が入れられると頭に強い衝撃がはしった。
段々と意識がもうろうとしてゆくのが浩幸に感じられた。
と同時にヘッドホンから言葉が聞こえてきた。
「ようし研究するぞ、フリーメロンのために研究するぞ。
フリーメロンの理想のために働くぞ。
この仕事は楽しいぞ、ゾクゾクするぞ。
毎日フリーメロンの為に働くぞ。毎日が楽しいぞ...」
浩幸はテープの声に対して冗談じゃないと思ったが、段々と意識は薄れていった。

しばらくして浩幸は目を覚ました。
ソファーに寝かされていた。
周りには男達が立っていた。征男も居た。
「お目覚めかな、浩幸さん。
どうだ、俺達と組むか。
俺達と組めばもちろん報酬は出す。
いまのまま研究は続けられるし、何も問題はないぞ。
この大学はもう俺達の手中なんだし。」
浩幸は反発した。
「ばかな、秘密結社の為に..」
秘密結社の為に研究すると言おうとした時だった。
全身にワクワクする快感が走った。
何か無性に秘密結社の為に役に立つ研究がしたくなった。
子供のとき、ヌードグラビアを覗き見ようとした時のような、何とも言えないワクワクする
快感が走ったのである。
「浩幸、もし断ったら、お前は大学をクビになるぞ。」
征男は脅迫を続けた。
「ま、まってくれそれだけは困る。おれは研究だけが生  きがいなんだから。秘密結社の為の研究が..」
浩幸は自分が言ったことに驚いた。
いつのまにかマインドコントロールされている自分に
気づいたのであった。
「な、何てことだ、こんなに効果があるとは。
早くマイ ンドコントロールを解かねば..。」
と考えた時であ った。自分の研究がうまくゆき、効果があったことに対する快感が強烈に沸き上がってきた。
浩幸は何だか自分がわからなくなってきた。
あれこれ考えたが結局、フリーメロンの為に研究したいという抑えがたい欲望だけが 沸き上がっていた。

「おれは自分の研究によって、自らアリになってしまっ  たようだ。どうすることもできないだろうな。」
浩幸は自分自身と対決する勇気も征男に対する反発心もしだいに無くなっていった。

彼は以降、フリーメロンのメンバーになり世界征服のための人類アリ化の研究に没頭した。
これは浩幸にとって決して苦しいことでは無かった。
浩幸は今まで以上にいきいきと研究を続けた。
やがて電磁波とTV放送で何百万人を同時に洗脳する方法を考え付いた。
浩幸は食事も忘れて研究に没頭した。その姿は生まれつき研究するように造られてるアリの ようであった。

おわり



愛する我が子への贈り物

あるワイドショー番組で、消費者保護ジャーナリストの羽山は熱心に社会批判をしていた。
「最近は社会全体のモラルが低下しています。恐ろしい程です。
日本古来の道徳心は無くなりつつあります。
TVやアニメは暴力やポルノを堂々と表現し、ゲーム会社は子供たちをゲームに夢中にさせ、
健全な育成を阻んでいます。
ワイドショーは低俗かつ興味本位の情報ばかり報道しています。
報道される側の人権を無視して面白おかしく報道しています。
まさに企業による横暴と暴力です。」

これを聞き、司会者は不機嫌な顔をした。
羽山は続けた。
「私達は企業の金もうけのために社会が虫食まれていくのを黙って許しません。
どうか、皆さん愛する子供たちの為にこの日本を健全な社会へと変えてゆきましょう。
我々の思いで政治、企業を変えてゆくのです。」
羽山は涙ぐみながら熱弁を振るった。

司会者は改めて羽山を紹介した。
「ただいま演説しました羽山さんは消費者保護の立場から産業界の取材を重ねておられる
ジャーナリストです。
多くの市民団体から熱い支援を受けておられます。
今までに多くの企業を糾弾されてまして、何度か命を狙われたとも聞いております。」
「そんなことはどうでもいいんです。
私の思いはただ、子供たち、正直申しまして私の愛する子供の為にこの日本を住みよい国にしたい。
ただそれだけなんです。もう放っておけないんです。」

「羽山さんはこの度、ある出版社を厳しく非難されているとのことで、
この番組にも出演頂きました。」

「実は、この本なんです。私はこれを読んだ時、怒りと悲しみで眠れなかったんです。」
羽山は2冊の本を取り出した。
本のタイトルは「犯罪の予防 あなたの安全を守る方法」「家族や友人を自殺から守る方法」
であった。いずれも平和社会出版社の本であった。
「これらの本は一見、犯罪や自殺を予防する本のように見えますが実は違うのです。
中身は犯罪の手口や自殺の方法をことこまかに記載した完全マニュアルなのです。

予防法なんておまけくらいにしか書いてありません。
実行可能な手口がたくさん書いてあります。この本は危険です。
放っておくと日本中が犯罪と自殺にあふれてしまいます。」

「かつて販売禁止になった犯罪や自殺のマニュアル本と同じという訳ですか?」
「そうです。諸外国ではこういう本は厳しく規制を受けますが日本はまだまだです。
私は何度もこの出版社に抗議しましたが、相手にしてくれません。

そこで私はTVを通じてこの本とこの会社を訴えたいのです。
法律では裁けませんが皆さんの協力でこれらの本とこの会社を制裁したいのです。
現在、この本の不買運動と、出版物のモラルを消費者が監視するしくみづくりを開始しています。
有害出版情報局を設置しましたので、皆さんからの有害図書情報を聞かせて下さい。」

「ううん、どうしてこんな本を出して金儲けしようなどと考える会社が出てくるんでしょう。
全く嫌な世の中になりました。私も羽山さんを応援したいですね。
皆様も御協力と情報をお願いします。」

数日後、羽山は一人で平和社会出版社を訪れた。
受付けに向かって言った。
「羽山だ。おたくの営業部長に会いに来た。アポは取ってある。」

羽山は客間に案内された。ソファーに座ってじっと待った。
しばらくすると営業部長が入って来た。営業部長は羽山に話し掛けた。

「こんにちは、羽山さん。あなたの批判はパンチが効いてましたね。
お陰で大評判です。あなたの宣伝であの本は飛ぶように売れてますよ。」
「どういたしまして。もうしばらくTVや雑誌で宣伝しますよ。
本当に不買運動が起きてきたら私がつぶしますよ。
今日は約束通り、一回目の宣伝料をもらいにきたんですがね。」

「羽山さん。あんたも随分知名度を上げたし、少しまけてよ。
・・冗談だよ。今渡すよ・・」

羽山は現金300万円を受け取り、カバンにしまった。

羽山は上機嫌で家に帰った。
まだ日は高く、家に着くと妻は台所で食事の支度をしていた。

「耀子、かえったぞ! 今日はいい土産があるぞ。
後でみせてやる。それより、麻紀は寝てるか!」
「あら、今日はどうしたのかしらね。麻紀は起きてるわよ。」

羽山はすぐに2歳になる麻紀のところへ行き、麻紀を抱きしめた。
いつもの子煩悩ぶりをあらわにした。
「よーしよし、麻紀や。お前はなんて可愛いんだ。おーよしよし。」
麻紀は父親に抱きかかえられて笑みを浮かべた。

「麻紀や。お前にな!プレゼントがあるんだ。見せてやるぞ。」
羽山はカバンからもらったばかりの札束を取り出し、麻紀に見せた。
「愛する我が子よ。お前には金の苦労はさせないからな。」

その時であった。
麻紀の顔が急にこわばった。
麻紀は逃げる様に札束から遠ざかった。そして泣き出した。

「おいおい、どうしんたんだ。お前へのプレゼントだよ。
と言ってもお前に金の価値がわかるわけないよな。」

羽山は麻紀をあやしたが、麻紀は泣き止まなかった。
麻紀の目には札束からどす黒いオーラが放出されているのがはっきりと見えていたのであった。

おわり

注)・・羽山は愛する我が子に最悪の贈り物をしてしまったのである。



天国への道

イジメや少年犯罪の増加に対し文部大臣は
「知育偏重教育を廃止し、人間性重視、個性重視の本物の教育を創り出す」
との方針を打ち出した。
「今の子供達に欠けている明るさ、個性、愛情、友情の心を育む。」
とのスローガンの下、教育改革が実行された。
ぺーパー受験を廃止し、内申書重視、人格評価重視が進学や就職の基準とされた。
更に個性点が内申書に加えられた。
背景にはTVドラマ「○○先生」などに感動した人達による改革を望む運動があった。
受験競争を廃止すれば子供たちは個性豊かな良い子に育つというドラマやタレントの
メッセージに従った改革であった。

しかし、これは先生や子供たちを圧迫するものでしかなかった。
先生はドラマの熱血教師になることを要求されることになった。
現実離れした完璧さを要求されることになり疲弊していった。
また、改革の理念通り受験制度を廃止したが一方で進学の振り分けの為に生徒に
点数を付けて差をつけなければならないし、競争社会は何も変わっていない。
結果として内申書に点数を付けて差をつける教育が行われることとなった。
先生は子供達の行動、性格を常に監視し、点数をつけて順位をつけた。
これにより、内申書で進学、就職が決まり、人生が決定してしまうという恐ろしい
圧迫感が子供達に生じることになってしまった。

「内申書の評価が政府のコンピュータに記録されて人生が全て決まる。
点数が良いと就職・結婚に有利になり、人からも信頼される。逆に点数が低いと
性格が悪い人間として一生不利な人生を送ることになる」という噂が広がっていた。
先生も子供達も必死に熱血ドラマやいい子を演じなければならなくなった。

個性重視が唄われていたが優れた才能を持つ一部の子供が個性有りとして高く評価されるだけであった。
一般の子供が個性点を獲得するにはパフォーマンスをして目立つしかなかった。
目立たない子は「個性なし」と評価されてしまうのであった。
ただし、ルックスが良いとそれだけで個性として認められるのであった。ドラマがそうだからである。
子供達は隠し芸やファッションなど個性を演出することが必要になってしまった。
楽しいはずの運動会、遠足、文化祭などのイベントも評価を競う試験の場と
なってしまったのである。

塾は良い評価を得る為のテクニック養成所と化した。
学校生活・部活動・交友関係などあらゆる面で良い評価を得る言動や態度などの演技指導が行われた。
子供らしさ、爽やかさ、礼儀正しさを常に演出し、スポーツや演芸、ボランティアなど見栄えのよい事に
励んで目立つ事が得点に繋がることが分かり、それが重要視された。
高い学校に進学する為には、それに加えてドラマのキャラクターみたいな個性や高得点のパフォーマンス
を演じる必要があり、特訓クラスも作られた。
甲子園を夢見て野球一筋に頑張る坊主頭の少年や、フォークソングを唄う人情派、ヒロインのような少女など
感動を呼ぶ人気キャラクターの真似や演出を訓練する特別クラスもできた。
どれだけ多くのノウハウを覚えて良い子を演じられるか?どれだけ派手な個性で目立つことができるか?
どれだけ良い印象を与えることができるか?を競い合うようになり、受験競争と変わらなくなってしまった。
また、裕福な家庭の子供は塾や家庭教師でテクニックを指導してもらい、ファッションにもお金を掛けて
評価を上げることができ、貧しい家庭の子供はそれができず、はっきりと格差を生むことになっていった。

イジメはなくなり、不良も激減した。少なくとも表面上は。
イジメをした子は進学、就職できなくなる恐れがあったからである。
また、ドラマでは、「不良は純粋で性格が良い」ということになっており元不良はそれだけで
高く評価されるのでこぞって不良達は”不良から立ち直ったいい子”を演じるようになった。
かっこいい不良は主人公並の良い評価になるので元不良だったと嘘を演じる子供まで出た。
逆にがり勉の生徒は性格が悪いとドラマで表現されているので勉強や読書が好きな子供は
それだけで性格が悪いと評価されるようになった。
改革によって学校の雰囲気は明るくなり、熱血ドラマのような活気に満ちたものになった。
政府は教育改革の成果が出ていると高らかに誇示していた。
しかし、これらは表面的なものでしかなかった。
先生や子供達の心からはゆとりと安らぎは完全に消えてしまったのである。
異常なストレスが先生や子供達の心を虫食みはじめていた。

中学生Aは皆と違う独特の感性を持つ子であった。
彼は内気で風変わりであった為か小さい頃から級友に無視されていた。
教育方針の転換で級友達は彼に話しかけ親切にしてくれるようになった。
しかし、少年Aはその目的が親友友人調査で自分の名を記載してもら
いたい為の演技であることを見抜いていた。
全員に実施されるアンケート「親友友人調査」でどれだけ多くの人に友人として
認められたかの点数は内申書でも最も大きなウエートを占めていた。
 以前は「きもちわるい」と自分を無視していた女子までが声を掛けてきた。
級友達はAに親しくすることでポイントを稼ごうと必死だったのである。
しかし、これはAにとっては迷惑であった。本心では自分を軽蔑しながら
ポイント獲得の為に接触してくる級友に恐怖すら感じた。

彼は授業中、いつも空想をしていた。彼はまた、一人で絵を描くのが好きだった。
その結果、活動性、積極性、協調性、学習意欲、明朗さ全てで減点され、いつも
先生から性格を矯正するよう指導されていた。
毎日10人以上の級友に話かけることとボランティア活動に参加して積極性を向上
させることが宿題として与えられた。
彼の描く絵は非常にうまかったが中学生らしくない異様な絵だったので先生は全く
評価しないばかりか絵を描くのを禁じた。
ドラマで感動をもたらす個性以外は個性とは認められなかったのである。
彼は学業点数もよくなかったので、内申点順位はクラスでビリであった。
彼の進学の望みは断たれた。
彼のように内気で全く目立たない生徒はドラマにも登場しないキャラである。
受験の重荷が無くなった熱血教室ではみんなが元気で個性的になるというのが
ドラマの定説なので、彼のようなタイプは「存在するはずのないタイプ」であった。
このため、厳しく叱責されたのである。
先生も熱血ドラマを演出するプレッシャーを掛けられており、そのストレスのはけ口として
「うまく演出ができない不器用な子供」が責められる結果となったのである。
いつの世にもある弱い物へのしわ寄せであった。

少年Aは「お前の存在が迷惑だ。消えてしまえ」と責められているように感じた。
先生は親に「育て方に責任がある」と指導をした為、少年は家庭でも叱られることになった。

両親は彼に「友達を作りなさい。授業中目を輝かせ感動して聞きなさい。
日曜にはボランティアに参加して参加証を学校に出しなさい。」
と毎日叱ったが彼は要領よくいい子を演じることなどできなかったのである。
塾や家庭教師に頼れば良い演出の手助けをしてもらえたが彼の家庭にはその余裕もなかった。

少年Aは部屋にこもってゲームに熱中していた。
絵を否定された彼は、ゲームの中に楽しみを見出すようになっていたのである。
彼は最新のゲーム「ヘブンズロード」(天国への道)を購入した。
このゲームはゲームの中で善行をこなし天国へ到達するというものであった。
教育委員会が子供の教育の為に推奨したゲームであったがメーカは面白く
する為、地獄行きの裏メニューも充実させていた。

少年は天国など目指さず、最もひどい地獄に行くことに挑戦していた。
「どうせ僕はいい人になんてなれないんだ。悪人になってやる」と。
彼はあらゆる悪を選択し、ゲームを進めた。
かなり悪行点を稼いだ末、彼はゲームの中で壮絶な自殺をした。
すると画面は変わり、恐ろしい悪魔の世界への扉が開かれた。
「ひひひ、やったぜ。悪行が25000点、最悪の世界にゴールだ。」

そこは悪魔の世界。
恐ろしい醜悪な怪物達の世界が開けていた。
彼にとって現実以上にリアルで興奮する瞬間であった。
画面の中で地獄の皇帝が表れ、彼の方を向いて語った。
「フフフフ、よくぞここまで悪を為したな。もうお前に救いはない。
お前はもうここから抜け出せはしない。
もっともっと刺激的な狂気の世界を求めてさまようのだ。
もう後には戻れない。フフフフ」
画面の中で、主人公が悪魔達にずたずたに引き裂かれた。
GAMEOVERであった。

彼は一瞬頭がくらりとした。
なぜか不思議な感覚。
「どうしたのかな。めまいがしてきた。」少年は頭がボーっとしてきた。

今度は悪魔の女王が表れた。
「私は憎悪の女神ザージョ。さあ、新しいゲームの始まりよ。
もっともっと悪いことをしなさい。
そうすれば私の住むもっとひどい地獄へ来ることができるわ。
もっと狂ったもっと面白い世界よ。
もし来れたら私を裸にしてもいいのよ。」
「なんて美しい悪魔なんだ。」

この後TVの画面全体が切り換わった。何とその映像は近所の光景であった。
「あれ、近くの通りじゃないか?何でだ。
もしかしてこの辺で買ったゲームソフトにはこのあたりの映像が入ってる のかな?」
少年はぼんやりとしながら考えた。
「これは裏ゲームだ。俺が初めて到達できたのかも。やったぜ」

この時、自分が自分でないような変な感覚がしてきた。
少年はゲーム操作ボタンをいじった。
画面の中で自分が表れた。
「俺がいる。なんか不思議!」
少年が考えていると、画面上に女神ザージョの顔が小さく表れ、テロップが
表示された。
「地獄へ行くには、人を殴るのがいいわ。一人殴ると2000点よ」
「こりゃ面白れえ!なんかすごくリアルな映像!」
女性が道を歩いて近づいていた。「ようしこれで点が稼げる。」
少年は道に転がっていた大きな石を拾った。
少年は操作ボタンを押して女性に石をぶつけようと駆け寄った。
女性は「きゃーああ」と悲鳴を上げてバランスを崩して倒れてしまった。
少年は女性に向けて石を持った腕を振り上げた。
この時、背後から男の叫び声がした。「やめろ!なにしてんだ!」
男は少年を捕まえようとこちらに走ってきた。
テロップが出た「逃げなさい!捕まると−5000点よ。」少年は操作ボタンを操り、
必死に逃げた。やっと路地裏に隠れられた。
少年は汗びっしょりになっていた。
「危ないところだった。リアルに怖かった。本当に疲れた。こんな凄い刺激は初めてだ。」
またテロップが出た。
「時間が無いわ。もっと点を稼ぎなさい」
「そこにある車の窓を割るのがいいわ。1回300点よ」
「こりゃいい!」
少年は車の窓に石をぶつけた。鈍い音がしてガラスにヒビが入った。
「腕が痛い。凄いゲームだ」
少年は繰り返しガラスを割った。その度に点数が加算された。
「快感!こりゃおもしれえ」
ガラスが割れる音を聞いて子供が裏から出てきた。驚いた表情で少年を見た。
顔見知りの子供であった。
テロップが表れた。
「知ってる子に見られたわ。放っておくと警察に捕まるのよ。
捕まると−5000点、刑務所に行くと−8000点。子供を捕まえて殺すのよ。
首を絞めて殺すのよ。殺人は6000点も稼げるのよ。」
「ここまできてマイナスになってたまるか。」少年は子供を追いかけた。

子供は恐れを感じて自転車に乗ってスピード出して必死に逃げた。
少年は追いつこうと走ったが息切れがしてきた。「うう、エネルギーが消耗してる。」
画面の体力メータは10点以下であった。結局子供には追いつかなかった。
テロップがでた。「30分後、警察に捕まるわ。」
「ふう、くそう、現在の点数は、いくつだ。」少年は点数欄を見た。
3500点だった。
「ようし、自殺点10000点で稼ぐしかないな。ま、このくらいでいいだろう。
これで地獄へいけるだろ。女神ザージョにもう一度会える。」

この時またテロップが出た。
「自分の家に行きなさい。家に放火して自殺するのよ。早くしないと警察に捕まり、
地獄へは行けなくなるわ。」
少年は自分の家に駆けつけた。ゲームの中に自分の家があった。
少年は家に入った。
「不思議なゲーム、俺の家にそっくり。」

彼はマッチを探し、火を付けた。
火をカーテン、布団に付けた。その時、手に熱さが感じられた。
「あちっ、何で熱さが..」
ここで少年は自分がTV画面に向かっていないことに気づいた。
更にゲームの操作機を持っていないことにも気づいた。
「どういうことだ。ここはゲームの中じゃないか!。何だよこれ、
もしかしてここは本当の世界。まさか..」

その時、戸を激しく叩く音がした。
「警察だ。もう逃げられないぞ、通り魔め今すぐ出てこい。」
「しまった。警察に捕まると減点だ。捕まる前に自殺をしなければ地獄へは
行けない。」少年は窓を開けた。

「何してるんだ。火をつけたのか? 開けろ!」扉がけたたたましく叩かれた。

少年は窓から下を眺めた。
「よおし、地獄でザージョに会うぞ。今日はそれでゲームは終わらせよう。」
彼は5階から下へ飛び降りた。
二人の警察官が扉を壊し、部屋に入ってきた。
警察官は急いで少年の部屋に入り、火を消した。窓が開いてるので、もう一人の
警官が窓から下を見下ろした。

窓の下には血だるまになった少年Aがいた。

部屋にはゲーム機だけがあった。
TV画面には「ヘブンズロード」のデモ画面が表示されていた。
ヘールボップ彗星の到来をバックに宇宙人からのメッセージが表示された。

「さあゲームをしましょう。
 善の点数を稼いで天国へいきましょう。
 あなたの人生も同じです。
 そうです人生はゲームです。
 ゲームに勝利した人だけが天国に行けるのです・・」

ゲーム機の他には何もなかった。
学校では何の評価もされない少年の安らぎの世界はゲームの中だけだったのである。

おわり

注・・ネットが普及する前、TVが絶対的な権威となってました。
   当時はTVが伝える「人間らしさや普通」をみんなで演じなければならず、少数派タイプには生き辛い時代でした。
   TVと現実の区別がつかない人も多く、ドラマやタレントの安直な主張を真に受けた改革の主張も実際にありました。
   もしそんな馬鹿な改革運動が実施されていたらこの物語のようになっていたでしょう。

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