本作品は2022年作です。

●霊界のお仕事人(アフター・ライフ・ワーカー) シリーズ●

<第二話 冤罪を取り消したい!?>

 勇樹があの世に来てから数日が経った。
不思議なことだが、あの世には自宅がある。
現世で住んでいたアパートに似ているが、もっと広く綺麗である。
どうやら勇樹の心にふさわしい家が用意されるらしい。

オフィスで仕事をして、そろそろ気分転換したいと思った頃に自宅に帰る。
あの世は厳密に時間に従っているわけではなく、どこか時間があいまいである。

自宅に帰ってTVを付けると勇樹が最も輝いてた頃の番組をやっている。
昨日、TV番組の話題をオフィスで話してみたら、みんな「?」という顔をしていた。
モグロもTVの話題を口にしたが、勇樹が生まれる前にやってたような話題だった。
伊藤かずえ の不良少女役がたまらなくて毎日楽しみだとか言ってたが、
「それ誰だよ?」って感じ。

「どうやら、個々人が見ているTV番組は内容も時代も違うらしい。
 個人の好みに合わせてカスタマイズされたネット配信のようだ」

自宅もオフィスも行きたいと思えば瞬時に移動できる。
まるでどこでもドアである。だが、サラリーマンの頃の癖で移動は
街を歩いて通勤することにしている。町の景色は、勇樹が輝いていた頃の
街並みにそっくりである。
「きっとこれも人によって違うんだろうな」
と思ったりする。

あの世では疲れることはない。
正確には疲労はあるが、太陽にチャージをお願いするだけで
エネルギーが降ってきてリフレッシュできる。
睡眠も必要ないのだが、現世の習慣で眠ることにしている。
寝ている間、不思議な事に意識があったりする。

「果たしてこれは睡眠なのか?瞑想とかいうものでは?」

と感じたりする。

 ある日、オフィスに出勤するとモグロが怖い顔をしている。
勇樹に近寄り、文句を言い出した。

「勇樹、お前のせいでしぼられたぞ」
「え、誰にですか?」
「監査チームにだ。
 現世で言えば本社のスタッフというところか」
「何をですか?」
「勇樹、お前が先日、ひったくりを制裁したことだよ」
「あんな奴のさばらしたら、また被害者がでるじゃない?」
「まあ、そうだが、叱られた理由はそれよりも、
 女性の意識を乗っ取りしたこと。それだ。
 あれはやってはいけないことだ。悪霊どもがやることだ。
 お前は未だこちらに来たばかりの新参者だと説明して
 何とか許してもらったがな」
「俺にはそれができてしまったんだ」
「人の自由意志を奪うことは禁止されているんだ。
 次やったら警察に捕まるからな」
「あの世にも警察がいるのか?」
「一杯、いるよ。
 悪霊どもから現世を守っているチームがいっぱいある。
 自警団を志願する者も多い。
 人は死んで霊になると、良心に目覚めるんだ。それが普通だ。
 だから、あの世は善良な霊の方が圧倒的に多い。
 でも、個人差はある。
 死んで悪の本性がますます現れる奴もいる。悪霊だ。
 お前も悪霊みたいなことすると、拘束されて何もできなくされるぞ」
「あの世にも刑務所があるのか?」
「あるよ、地下の暗い世界がそれだ。
 近づかない方がいい。気持ち悪い世界だからな」
「地獄ということだね?」
「そうだな。でも罰を受けているわけじゃない。
 悪霊どもは神様からエネルギーを減らされてしまっている。
 だから、互いに奪い合ったり、穢れたエネルギーの場所に住み着いて
 エネルギーを得ようとしている。現世と同じで有限の資源を
 奪い合う争いの世界にいるんだ。
 だから我々には地獄のように見えるわけだ」
「やっぱり地獄はあったんだ。
 ところで、俺はどうやって人を支援すればいいんだ?
 せっかく持っている特技が使えないとなると」
「人に危険を予感させたり、アイデアを送ったり、
 虫の知らせを与えて導いたり、あくまでアドバイスだ。
 そこに居るお局さんみたいに運勢を操る術もあるがな、
 だが俺たちには真似できない高度な技だ」

するとオフィスに居たおばさんがこちらをチラリと覗き込んだ。
異様な雰囲気の女性である。勇樹が「こいつは魔女だな」と
思ったら、それが伝わったらしく、彼女が勇樹をにらんだ。
すると勇樹の全身に電気のようなものが走った。

「あち、こいつはただもんじゃない。
 心が歪んでいる。なおかつ魔術の使い手、最悪だ」

などと考えているとモグロがまた話しを続けた。

「勇樹、お前は営業の達人だったそうだな。
 人にアドバイスを送るのは得意なはずだぞ。
 お前は、現世でも無意識にそれを使っていたんだよ。
 商談をまとめたり、人を励ましたりする才能はそれだ。
 私はその能力を買って、お前を引き抜いたんだぞ」
「そうだったんですね。
 変人同志で波長が合ったわけではないんですね」
「なんだと」
「いや、気にせずに
 誉めて頂いてうれしいです。頑張ります」
「時にはイライラするときもある。
 危険を予告したり、チャンスに導こうとしても、無視してしまう人もいる。
 私も何度はがゆい想いをしただろうか?

 ”やめろ、身を滅ぼすぞ”と警告しても
 ”わかっちゃいるけどやめられない”

 と破滅の道に飛び込んでしまう人もいるんだ。 
 だからといって人間の自由意志は妨げてはいけない。
 それだけはダメだ。犯罪なんだ」

勇樹は、説教されて気分を害しながらも机に座り、30インチくらいの
大きなモニタを眺めて「今日はどんな仕事をしようか」と考えるとモニタに
次々と映像が流れてきた。その中に満員電車で痴漢に遭って心傷ついて
しまった女性の姿が映し出された。
電車に乗るのが怖くなり、彼氏に対して心を閉ざすようになってしまった。
このままではこの女性が可哀そうである。

「よし、この人を励ましてやるか?」と思ったが
「一体だれが痴漢をしたんだ」という怒りが沸いてくる。
自分を冤罪に陥れた痴漢犯への怒りも重なって激しい怒りが沸いてくる。

するとモニタに痴漢の姿が映し出された。
いかにも身勝手な感じの若い男である。
しかも、過去の痴漢犯罪がズラリと横に表示された。

「常習犯だな」

と思っていると見慣れた映像が・・
なんとそこには自分が写っている。そして自分が痴漢と間違われて
捕まったその時の映像が映し出された。

「な、なんとこいつが真犯人だったのか?
 こいつは未だ痴漢を繰り返しているのか?
 無実の俺を冤罪に陥れたことで
 罪の意識に苦しんでいると思っていたが・・」

勇樹は全身が震えるほど怒りがこみ上げてきた。
すると、男が自宅で日記を書いてニタニタしている姿が写しだされた。
男は今日の獲物は点数80点などと評価を書いて楽しんでいた。

「こいつ、俺のことをどう思ってたのかな?
 日記に書いてたりしてな」

と考えたら、日記の映像が表示された。
まさに勇樹が冤罪で捕まった日の日記である。

「今日は関係のないやつが冤罪で捕まった。
 バカな奴がいるものだ。
 愉快・愉快。そいつの泣きそうな顔がたまらなかった。
 スリルと爽快を満喫できた一日だった。
 そいつが全てを失って不幸のどん底に落ちる姿を想像すると
 笑いが止まらない」

と書いてある。これを見た勇樹は激高した。

「このやろー、復讐してやる」

と思ったが、制裁は許されない。
しばらく怒りを抑えて我慢しているとシンリが声を掛けて来た。

「勇樹、どうしたんだよ。お前凄いな。
 お前のイライラでこのビルが揺れたぞ。凄い念力だ」

「シンリさん、迷惑かけたようですまない。
 教えて欲しいことがある」
「何だよ」
「あんた、行者ならわかるだろう。
 何で俺は冤罪になったんだ。
 何にも悪いことしてないのに。
 それだけじゃない。
 その後、せっかく救いのチャンスがあったのに
 どうして死んでしまったんだよ。
 俺に何か罪でもあるのか?
 それとも運命で決まっていたのか?」

それを聞いてシンリは目をつむり、意識を集中させた。
しばらくして目を開けて答えた。

「ううん、そうだな。ううん。何にも理由はない。
 タイミングが悪かっただけだ」
「なんだって!! それだけ!」
「冤罪になったのはタイミングが悪すぎた。ただそれだけ。
 死んでしまったのも不注意が原因の事故だ。
 運命できまってたわけじゃない。
 せっかくのチャンスを不注意で失ってしまった。それだけだ」
「おい、何にも理由がないのか? うそだろ?
 納得できないよ」
「しょうがないだろ。それが現世だ。
 どんなに幸福になれる星の下に生まれた人でも、
 事故や感染症で死んじまったらそれっきり。そういうもんさ」
「つまらん答えだな。聞かなきゃよかった」
「おい、相談に応じたのにそりゃないだろ」
「すまん、気にしないでくれ。
 ところで、シンリさん、
 俺は、冤罪の真犯人を見てしまった。ショックだった。
 知らなかった方がよかった。
 教えてくれ、過去を変えることってできないか?
 俺はあの日、痴漢を捕まえようとして犯人に間違えられてしまった。
 もし、俺がそれをしなかったら、真犯人が捕まっていたんだ。
 だから、過去に戻って過去の俺に「余計なことはするな」と
 伝えたい。それだけで俺も救われるし、犯人も捕まるんだ」
「ううん、過去を変えることはできないよ。我々にはな。
 もしかしたらできるかもしれないと思う時はある。
 頭の中では過去を変える術というのを考案している」
「お願いだ。やって欲しい」
「だが、もし、それが成功したらどうなると思う?
 お前は今でもサラリーマンで現世で暮らしてることになるだろう。
 おかしくないか?」
「いいじゃないか?ハッピーエンドだ」
「タイムマシンパラドックスだよ。
 過去を変えて、お前がここに居なくなれば
 俺が過去を変えることもありえない。矛盾するだろ?」
「え? 確かになんか変だ」
「過去を変えたら何が起きるかわからない。危険なことのように感じるんだ」
「でも、できるんだろ? やってくれよ」
「わかった。興味が沸いてきた。
 おい、モグロに感づかれるなよ」

シンリが目をつむり、過去を変える術を始めようとした。すると
勇樹のモニタにどこからか、いろいろな所からメッセージが流れてきた。

「過去を変えるのは禁止行為です」
「我々にはその権限は与えられてません」
「たぶん、危険な事態を招きます」
「誰だって変えたい過去はある。でも我慢してるんです。
 止めてください」
「お前達は現世の秩序を乱す」

などと様々なチームからのメッセージが流れるように表示された。
まるでネットの炎上である。

「な、なんだこりゃ? 余計なお世話だろ?
 何で俺たちの会話が漏れるんだよ」

と勇樹がむっとするとシンリはちょっと不安な表情になった。

「こんな炎上は経験したことないぞ。
 本当にやってはいけないことなのかもな?
 でも、逆に言うと俺の術で本当に過去が変えられるということだ」
「そうだよ。シンリさん、
 炎上なんて気にしないで試してみてください。
 ダメで元々ですから」

シンリは武者震いを感じながら、過去を変える術に着手した。
意識を勇樹が冤罪になった日に焦点を合わせて、
勇樹がその電車に乗らないように誘導しようとした。
よし、と術を掛けようとしたその瞬間のことである。

突然カプセルのようなものが現れて、シンリは閉じ込められてしまった。
シンリの目の前には、文字が大きく表示された。

”天の川銀河系条例違反9873555353543・・・号”

などと字幕が出てきた。
そしてシンリはこのカプセルの中で何もできなくなってしまった。

「おい、なんだこりゃ。出してくれよ」

と叫ぶと

”あなたは条例違反をしました。拘束します。
 初犯なので3日間で拘束を解除します。
 あと2回同じことを試みたら、能力の強制除去を断行します。
 天の川銀河系行政措置執行権限第534…号発令ロックオン”

と大きく字幕が表示された。
シンリは怖くなった。

「しまった!
 もうやりませ〜ん、早く出してください」

と叫んだ。
一方、オフィスでは突然シンリが消滅したので勇樹達はびっくりした。

「シンリさんはどこにいったの?」と言っていると

モグロがモニタを見ながら驚いたような顔をしていた。

「おい、今連絡がきたぞ!
 なんと、シンリは、捕まってしまったらしい。
 過去を変えようとしたことが理由だ。
 銀河系の条例違反ということだ。
 最初だから、三日程度で釈放されるらしいが、
 勇樹、まさかと思うが、お前の仕業じゃないよな?
 シンリをそそのかしたりしてないよな?」
「すいません。私が頼みました」
「また、お前か?
 今回は3日で済んだからよかったが。
 シンリにあとでよく謝っておけよ。俺にも謝れよな。
 あとでまた俺が叱られるんだからな」
「モグロさん、すいません。許してください。
 シンリさんにも申し訳ないことをしました。
 後でしっかり謝っておきます。
 でも、シンリさんっていい人ですよね?」
「そうだよ。あいつは苦労した奴なんだ。
 超能力者にあこがれたんだ。ミスターマロックの超魔術にね」
「マロック?ああ、あのお爺さんね。マジシャンだよね」
「お前は若いころのマロックを知らんのか?まあ世代的にそうだな。
 かっこよくて本当に超能力があると信じさせてくれた。
 シンリは憧れて、超能力者になろうと修行マニアになったんだ。
 そしてヨガのカルト教団に出家したのだが、その教団が事件を
 起こして潰れてしまい、あいつの人生はボロボロになった。
 食うにも困る生活になり、万引きをして捕まったこともある。
 闇バイトに手を貸してしまったこともある。
 そんな生活のせいで、病気になって若くして死んでしてしまった。
 死んでから、悟りを求めるチームに参加しようとしたら拒否されたらしい。
 ”罪を償って出直して来い”と言われたらしい。
 だから、あいつは必死にポイント稼ぎをここでしてるわけだ」
「そうだったのですか? そういう事情があったんですね」
「ポイント稼ぎが目的だが、本当は心底いいやつなんだよ。
 人助けが好きなんだよ。
 頭もいいしな。俺はそう見抜いた」
「私もそう思います。変人ですが」
「なに、また言ったな。
 お前も変人だってこと自覚しろよ」
「いや、すいません、おっしゃる通りです」

勇樹はシンリが戻るまでの間、自粛して静かに仕事をしていた。
例の痴漢犯が狙いを定めた女性に電車に乗らないようにしたり、
女性の前に強そうな男が壁になるように近づけたりして痴漢行為を妨害したのである。
痴漢犯は「何でうまくいかないんだろう?」と首を傾げている。

しかし、やはり怒りがこみ上げてくる。

「こいつには反省のはの字もない。
 罪の意識もない。
 許せない、やっぱり許せない」

ついに怒りが限界を超えてしまった。
「俺を冤罪に陥れたこの男に復讐する」と決意をした。

モグロに許可を求めた。

「モグロさん、俺はもう我慢できない。
 この痴漢犯に報復する。許可をくれ!」
「意識を操って復讐するつもりか?それは許さん」
「俺は許可されなくてもやる。絶対に許さない」
「馬鹿、やめろ、地獄に落とされるぞ」
「構わない」
「頭を冷やせ」
「冷やせるもんか、犯人は痴漢を続けるぞ。
 被害者がまた出る。こいつは、
 良心の呵責も何も感じてないんだ」
「おい、困ったなあ」

と二人が揉めていると何やら、いろんな人達がぞろぞろと
オフィスにやってくるのが見えた。

「な、なんなんだ」とモグロはびっくりしている。

女性団体のグループやら、警察官みたいな姿をした人達などが
大勢押し寄せて、勇樹の机の周りに集まってきているのだ。
みんな好意的な雰囲気である。

「勇樹さん、あなたの為にやってきました。
 我々はあなたの味方です。
 復讐はしないでください。
 あなたの怒りは霊界のあちこちに電波みたいに
 伝わってますよ。
 我々はあなたが無実であることを知ってます。
 あの世ではあなたが痴漢をした人だなんて誰も思ってませんよ。
 だから、悪霊みたいなことはしないで欲しいんです」
「え、みなさん、俺の為に来てくれたの?
 俺を信じてくれるの?
 現世では警察も会社の人も信じてくれなかったのに」
「あの世は真実が全てが明らかになるんです。
 太陽があなたの味方をするように指示しているんですよ。
 あの太陽もあなたの味方です」

と言って太陽を指さした。

「勇樹さん、我々が合法的に復讐してあげます。
 任せてください」
「ありがたい。あの世に来てよかった。いや、
 みなさんの心遣いがありがたい。
 みんないい人だなあ」

それから2日くらい経っただろうか?
警官のような姿をした人が再びオフィスに訪れてきた。

「勇樹さん、みんなで協力した結果、犯人は捕まりましたよ。
 これから実刑が下るように頑張ります。釈放なんてさせません。
 この男がもう二度と犯罪を犯すことができないようになるまで
 徹底してやりしますよ」

と言った。勇樹は男泣きに崩れてしまった。

「ありがとう。ありがとう。
 なんてうれしいことなんだ。
 もう、無理を言ったり悪霊のマネはしません」

すると3日間の拘束を終えたシンリが出現した。

「ああ、シンリさんだ。
 戻ってこれたんですね。
 すいませんでした。私の為に辛い想いをさせてしまって」
「気にすんな、貴重な体験をした。
 カプセルに居る間、いろいろ刑の執行人と対話してきた。
 この宇宙の謎とかな、勉強になったぜ」
「ああ、それはよかった。
 これからもよろしくお願いしますね」
「いろいろ議論した結果、過去は変えられない、
 変えない方がいいって結論に到達した。
 俺にとっては一つの真理を悟った感じさ」
「シンリさんにそう言ってもらえてほっとします。
 辛い想いをしてるんじゃないかって心配でした。
 もう二度と過去を変えたいなんて言いません。誓います」

つづく



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